どうすれば、瞬の鉄壁の無神経を傷付けることができるのか。
それが、俺にはわからなかった。
俺は、人を傷付けるのは得意だ。
『得意』という言葉には語弊があるが、要するに不得手ではない。
わざわざ傷付けてやりたいと思うほどの人間に会うこともないから、滅多に行動を起こさないだけで、人を傷付ける方法くらいは心得ている。
瞬以外の奴なら――まともな感性と悟性と理性を持った人間なら――簡単に傷付けることができる。

容姿にプライドをかけている奴には、そいつの前でもっと美しい人間(できれば才色兼備の人間がいい)をさりげなく褒めてやればいい。
真に美しく才能に恵まれた人間に比べれば、おまえは“その他大勢”の中の一人にすぎないという事実を、その他大勢に話す口調で話してやればいい。
頭のいいことにプライドをかけている奴も基本的には同じだ。
上には上がいることを知らせてやればいい。
金を持っていることが自慢の奴には、金で買えないものを得て幸せにしている奴の話をし、家族や友人関係を自慢している奴には、肝心の自分自身にどんな価値があるのかを、問い詰めてやればいい。
つまり、その人間が自分の長所と思い プライドをかけている事柄には実は何の価値もないんだということを 知らせてやればいいんだ。

だが瞬は――瞬は、何を自分の長所だと思っているんだろう?
何にプライドをかけている?
容姿――ではないだろう。
瞬は確かに綺麗だが、それは男としての美しさじゃない。
自慢できるようなものじゃないし、瞬自身、自分の容姿を好ましいものとは思ってはいないようだった。
頭の方も、なにしろ学習能力皆無の奴だ。
瞬が自分を利口だと思っていたら、それこそ馬鹿の証明でしかない。
もちろん、金はないし、両親もなくて家庭的に恵まれているわけでもない。
その上、瞬の仲間ときたら、この俺だぞ。
自慢にもなりゃしない。

人に誇れるものを持たない人間を傷付けることは難しい。
逆に、身の程を知らずに自分を特別だと思っている傲慢な子供ほど傷付けることは容易だ。
長所がない人間、自分に長所がないと思っている人間は、もしかしたら、長所を持っていないということ自体が彼の最大の強みなのかもしれない。
だが、俺はどうあっても、そんな瞬を傷付け苦しめなければならないんだ。

でなければ――瞬を傷付けなければ、瞬の兄に卑しめられ貶められた あの女性が、あまりに哀れではないか。
もはや命を持っていない彼女は、自らを汚し侮辱した人間に復讐する術も持っていない。
だから侮辱されたままでも仕方がないのだ――と泣き寝入りすることは、生きている俺には我慢ならないことだった。

「くっそー」
少し頭を冷やせば、何かいい方法を思いつくかもしれないと考えて、俺は城戸邸の庭に出た。
ところが、日本の冬は、冬と呼ぶのもはばかられるほど――はっきり言って生温い。
頭をはっきりさせようにも、氷点下にも達していない外気は全くの役立たずだ。

むかむかして、俺はそのまま城戸邸を出た。
どこかに、異常なほど鈍感な人間を傷付ける方策は転がっていないものかと考えながら、当てもなくあちこちを徘徊し、そして、俺は、その徘徊先のどこかで何者かから風邪をもらってしまったようだった。






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