これでは全くいつもの通り――ではないか。
今夜はいつもと同じ夜であってはならないはずなのに――と、瞬は戸惑い憤った。
ひどく悲しい気持ちで戸惑い憤った。
「あ……氷河、教えてくれるって……」
瞬は氷河への抵抗を試みたのだが、氷河は彼がしようとしていることをやめる気配を見せなかった。

もちろん、その気になれば、瞬は断固とした態度で氷河を はねつけることができた。
そうすれば、氷河は決して瞬に無理強いはしない。
それがわかっていながら形ばかりの抵抗しかできない自分が、瞬はみじめでならなかった。
結局自分は、氷河の機嫌を損ねて彼に嫌われてしまうことを怖れているのだ――と思う。
“本当にかわいいもの”の代わりでもいいから、彼に抱きしめていてもらいたい。
“本当にかわいいもの”になり得ない自分は、“本当にかわいいもの”になり得ないが故に、それを望んでしまうのだ――と。

邪魔なものをすべて取り払って気をよくしたらしい氷河が、また瞬の唇に唇を重ねてくる。
彼の唇はまもなく瞬の瞼に移動し、瞼から頬、頬から喉許へと触れる場所を変え、最後にそれは瞬の耳許で、瞬が今いちばん聞きたくない言葉を囁いた。
「おまえは本当にかわいい」
「ん……っ」

身体が震えてしまうのは、その言葉への拒否感によるものなのか、それとも、いつもの夜と同じように 氷河の声を愛撫と感じてしまっているからなのか。
理由はわからなかったが、ともかく瞬の身体は震えた。
理由は――どうやら後者の方だったらしい。
身体が熱くなってくる。
瞬は泣きたい気分になった。

「かわいい、本当に」
氷河の手の平、指先、唇、声が、瞬の首に、胸に、腕に、肩に触れ、なぞり、撫でる。
「……っ!」
その感触に身体が反応し、意識までが感応していることを 氷河に気付かれぬよう、瞬は無理に我が身を強張らせた。
が、それが かえって瞬の全身を震わせ、瞬の感覚を鋭敏にしてしまう。
「ああ……あ、あ……ん……っ」
洩れる声を抑えることができない。
溜め息を、喘ぎを、自分の意思ではとめることができず、瞬は苦しさに身悶えた。

瞬の膝に伸びていた氷河の手が、その内腿の間に入り込もうとする。
氷河の手は熱いはずなのに、それを冷たいと感じるのは、瞬の身体の方が彼よりも熱くなってしまっているから――だったろう。
あるいは瞬の感覚が、熱さと冷たさの判別もできないほど乱れてしまっているからなのかもしれなかった。
氷河の手が熱いのか冷たいのかはわからなくても、その手がどう動きたがっているのかは、瞬にもわかった。

「やっ」
これ以上乱れてしまわないために、瞬は脚を閉じて、彼の手の動きを押しとどめようとした。
氷河がそんな瞬に低く囁いてくる。
「脚から力を抜いてくれ」
氷河にそう言われてしまったら、瞬はその言葉に従うことしかできなかった。
逆らうわけにはいかないのだ。
彼に嫌われてしまわないために。
言われた通りに、だが 少しだけ、瞬は膝と腿に込めていた力を抜いた。

いつもなら、瞬が僅かでも身体から力を抜き 彼を受け入れる素振りを見せれば、その隙を突くように自分自身の身体を瞬の脚の間に割り込ませて、彼の言いなりになっている人間の身体を開かせてしまう氷河が、今夜に限ってそれをしない。
「もう少し」
「あ……」

あくまでも瞬自身にそうさせたいらしく、氷河は瞬に言葉でそれを求めてきた。
唇を噛んで、瞬が氷河に命じられた通りに脚を開く。
膝だけが内側を向いている瞬の足首を掴んで、氷河は瞬の膝を曲げ立たせた。
それは無防備というより浅ましいばかりの体勢だと、瞬は思っていた。
そんな格好をさせられている自分を氷河に見られていることに耐え切れず、瞬は固く目を閉じることになった。

「俺がどうしておまえの脚を開かせるのか知っているか」
「氷河……が、僕の中に入ってくるため」
「そうだ。ここに俺を突き立てるためだ」
氷河の指が、瞬のそこに入っている。
いつまで経っても 何度経験しても慣れてしまえない その異様な感覚に、瞬の腰は自然に浮きあがった。

そうなってしまうと、瞬の意思と心は、瞬の身体のあとについていくだけのものになる。
瞬の身体の内側は、瞬の肢体以上に瞬の心を無視して、淫らなことになっているらしい。
氷河が時折――彼は賞讃のつもりでそう言うらしかったが――、瞬自身には知り得ないその様子を知らせてくれるので、瞬は自分の身体の奥の浅ましさをよく知っていた。
そこはいつも欲深く歓喜し呻き うごめいて、氷河がやってくるのを待っている――のだそうだった。
氷河が喜ぶのでなかったら、瞬はそんな身体はさっさと放棄してしまいたかった。

だが、“瞬”の意思を無視した“瞬”の身体の浅ましさを、氷河が喜んでいることを知っているので――瞬は我が身を捨ててしまえないのだ。
「俺をひどいことをする奴だと思うか? おまえにこんなことをさせて」
瞬は首を横に振った。
氷河が“瞬”の淫らを厭わないのなら、瞬はそれでよかったから。
だから、瞬は首を左右に振った。

「俺は、自分をひどい奴だと思う。おまえの身体はこんなことをするようにできていないのに、俺は自分の欲を満たすために、おまえにこんな無体で不自然なことを強要するんだ」
「あ……」
何を、氷河は言っているのだろう。
瞬には氷河の意図がわからなかった。
浅ましく氷河を待ちかねている“瞬”の身体。
“瞬”はそれを望んでいるのだ。
氷河がそのことを知らないはずがない。

「あ……あ、ぼ……僕は、だって、そんな……。僕は、氷河に無理強いされたことなんて一度もない……! 僕はいつだって自分の意思で、あの……こうするんだもの」
「だが、これは不自然な行為だ」
「氷河、僕が嫌いになったの……っ !? 」
急に、瞬の心が――不安が――瞬の身体を追い越す。
“瞬”の身の内は『早く、早く』と氷河を求めていたが、瞬は身体の奥から生じてくる自身の欲を振り切って懸命に重い瞼を開け、すがるように氷河の腕を両手で掴んだ。






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