氷河のその言葉を聞いて、最初に瞬の胸に訪れたものは安堵の思いだった。
喜びでもときめきでもなく、安心――文字通り、心が安らぐ感覚だった。
氷河の背にまわしていた腕と指から力が抜けていく。
それは結局、氷河の背からシーツの上に ぱさりと滑り落ちた。

「なんだろ……よかった。僕……よかった」
独り言のような呟きが、唇を衝いて洩れる。
一瞬躊躇したが、瞬はそのためらいを振り払って、氷河の青い瞳を覗き込むことをした。
「僕、氷河に『かわいい』って言われるのが嫌なんじゃなく、僕が氷河をどんなに好きでいるのか、氷河にわかってほしかったんだ、きっと」

そうだったのだ。
『かわいい』も『アイシテイル』も、ただの言葉にすぎない。
そんな言葉へのこだわりなど、意味のない口実にすぎず、瞬はただ氷河に知ってほしかっただけなのだ。
どれほど自分が氷河を好きでいるのかを。
そして、できればその事実を哀れんで、他の誰にも――“かわいい”女の子にも――目を向けないでほしいと思った。

そのためになら自分はどんなことでもする。どんなふうに変わることもできる――ような気がしていた。
そうしてみせると思っていた。
だが、そうする必要はなかったらしい。
氷河はちゃんと知っていてくれたのだ。

「それを理解せずに毎晩おまえにこんなことをしているのなら、俺は馬鹿だ」
氷河が微笑の形を作った唇で、瞬にキスをしてくる。
彼の手は、そして、“こんなこと”の続きを再開した。
その手に触れられた途端、不安と怖れのために強張っていた瞬の身体からは、嘘のように緊張が消えていった。
「俺は我儘なガキだから、おまえに愛されていると感じることができるのが嬉しい」

「僕、氷河が好き」
氷河がそのことを知っていてさえくれたなら、自然も不自然も瞬にはどうでもいいことだった。
「ああ、俺もだ。おまえは本当にかわいい」
氷河が自分をどう思っているのかも、誰が可愛くても可愛くなくても、どうでもいいと思うことができた。

もちろん氷河に愛されていたいし、自分といることが彼にとって快いことであり、幸福なことであってくれればいいと思う。
だが、それは、氷河の意思と感情が決めることで、氷河以外の人間が彼に指図できるようなことではない。
それは、瞬にもわかっていた。
人が自分以外の人間に対してできることは、好きだという気持ちを伝えることだけ。
その上で二人でいることが快く、幸福と感じ合える者たちだけが、幸運な恋人同士でいられるのだろう。
自然とは、そういうことなのだ。

「僕、はじめの頃と違って、あの……今はほんとに氷河が僕の中にいると気持ちいいよ。ずっとそうしていたって思うくらい」
「ずっとそうしていられたらいいのにな」
笑って、氷河が瞬の中に入ってくる。
「ああ……っ!」
突然忍び込むようにやってきた その熱さに、瞬の身体は慌てふためいて 彼を歓迎するための忙しい反応を示し始めた。
氷河の首に両手でしがみついて、瞬が一度大きく息を吐く。

「あ……あ……でも、どこかで終わらせないと、僕、気持ちよすぎて、幸せすぎて、息ができなくなって、きっと死んじゃう……!」
「安心してろ。おまえが本当に死んでしまわないように、その直前で終わらせてやるから」
本当に氷河にそんな加減ができるのか。
瞬は、その点に関しては氷河に絶対の信頼を置くことはできなかったのだが、それならそれでいいと思った。

“かわいい”女の子にしては細すぎる瞬の身体を、氷河が揺さぶり始める。
氷河がいちばん我儘になるこの時間が、瞬は好きだった。
自分は氷河のためだけに生きている気がする。
徐々に自分を制御できなくなり動作が獣じみてくる氷河を、瞬は、子供のようで『かわいい』と思った。

愛してほしいのではなく、愛していることを知ってほしかった。
氷河にそのことさえ知っていてもらえれば、いつか何らかの事情で二人が別々に生きなければならなくなったとしても、氷河が自分以外の“かわいい”人と生きることを選んだとしても、その事実に耐えることができると思える――のだ。

「あっ……あ……あ、ああ、氷河、僕もう……」
「まだだ。もう少し我慢しろ」
「そんな……あああ……っ!」
獣じみて我儘なところが“かわいい”氷河は、どう考えても彼が彼の恋人に愛されていることに甘えきっていた。






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