傍目おかめ八目はちもく』と俗に言う。
部外者は当事者よりも物事がよく見えているということだ。
確か碁の世界の言葉で、脇で見ている見物人は対局者より八目も先の手がわかるという意味だと聞いたことがある。
が、それはあまり汎用性のあることわざではないらしい。
氷河とアンドロメダのやりとりを傍から覗き見ている私には、この状況がさっぱりわからなかった。
状況がわからず混乱した私は、自分の頭がまわっているのか、それとも地球がまわっているのかということさえ判断できなくなり、気がつくと派手な音を立てて二人のいる部屋の中へと倒れ込んでしまっていた。

「カ……カミュ先生 !? 」
突然 頭からつんのめるようにして登場した第三者に驚いて、アンドロメダが目を見開く。
「あ、いや、その……アアアアアアアンドロメダ――しゅ……瞬くん、これはいったい――」
混乱していた私は、それでも、この覗き見を咎められないためには、私の方が先に二人を問い質してしまえばいいのだと、咄嗟に思いつくことができたらしい。
私がその思いつきを実行に移すまでもなく、アンドロメダは私の無作法を咎めることなど思いもよらないような様子をしていたが。
「あ……あの……」

氷河は、だが、さすがに仲間に冷酷とまで言わしめるだけあって、あくまでもどこまでもクールだった。
私の闖入には氷河も多少は驚いていたのかもしれないが、実はその場で最も取り乱していた私には、氷河の心情を探ることまではできなかった――その余裕がなかったのだ。
氷河は、そんな私に、腹が立つほど落ち着いた声で私に言った。

「女に入れ込んで失敗した男の例は枚挙にいとまがないからな。クールな俺としては、これが最善の選択と考えたんだ。瞬なら、共に戦う仲間でもあるし、生きるも死ぬも共にできる。共に戦場に赴けるということは、後顧の憂いなく戦場に臨めるということだ」
「そんな理由で恋人を選ぶのか! アンドロメダにも失礼だろう!」

私の非難を受けて、氷河がちらりとアンドロメダを横目に見る。
氷河は、それでも、弁解めいたことは口にしなかった。
「クールに考えたら、それが最も合理的だという結論に至った。瞬なら、俺と同じ聖闘士で体力もあるから、俺の旺盛な性欲にも音を上げないし」
そんなことをクールに言ってのけるなーっ!

ク……クールとはこういうものか?
恋とはこういうものか?
いや、そもそもこれは本当に恋なのか?
計算高いというか、合理的に過ぎるというか――。
恋とはもっと不合理で、理屈が通らず、にも関わらず、抗し難い情動に衝き動かされて成るもののはずだ。
理に適う適わないで恋に落ちたり冷めたりすることができるなら、古今東西 恋のためのトラブルなど起こるはずもなく――いや、そんなことはどうでもいい。
クールで合理的な恋など、好悪や心の機微を無視したビジネス上の付き合いとどう違うというのだ!

私が氷河にクールであれと繰り返してきたのは、氷河にこんな不誠実で計算高い男になってほしかったからではない。
断じて、ない。
私は、氷河の指導の仕方を間違えたのだろうか。
こんな不誠実な男を育ててしまったことを、私はアンドロメダに何と言って詫びればいいのだーっ !!

――と、私が苦悩し始めたところに、突然まるで緊張感のない『チューリップ』のメロディ。
それはアンドロメダの携帯電話の自己主張で、メールの着信を知らせる音だった。
届いたメールを一読したアンドロメダが、私の方に向き直る。
「沙織さん――アテナからです。カミュ先生の帰国はいつになるのかと、聖域の黄金聖闘士たちから報告の催促があったとかで」
「あ……ああ」

氷河の暴言にも関わらず、アンドロメダの態度と声音には、これまでのそれと全く変わったところが見えなかった。
彼は氷河に腹を立てていないらしい。
では、彼も氷河同様割り切って、二人の関係を成立させているということなのだろうか。
だとしたら、アンドロメダは氷河に負けず劣らずクールだということになる。
それとも、最近の若い者たちは皆こうなのか?

いずれにしても、私は、氷河の合理性と冷静さ(と計算高さ)を認めないわけにはいかなかった。
やけになって認めることにした。
ともかく氷河が冷酷なまでにクールなことは事実なのだ。
これなら氷河を私の仲間たちに引き会わせても、私の弟子がクールでないことを彼等が認めないということはあるまい。
その上で、私は、今時の若者の恋愛事情について仲間たちに助言を頼むことにしよう。
私にはもう、氷河の“クール”は理解し難い。

私が氷河にその旨を――私の弟子として、私の仲間たちに紹介したい旨を伝えると、氷河はいかにも迷惑そうな顔をして、私に尋ねてきた。
「それは構いませんが、俺が黄金聖闘士たちに会うことにどういう益があるんですか」
「アテナの聖闘士同士、親睦を深めることは有益なことだろう」
「黄金聖闘士と親睦を深めても、俺が強くなるわけでもないと思いますが。まあ、他ならぬ師の頼みですら、お供しないこともありませんが――瞬を連れて行きます」
「それは構わんが、なぜ」
「俺がそうしたいからです。旺盛な性欲を静めるために、瞬と一日も離れていたくないから――とでも。他にもっともらしい理由が必要ですか。ならば、用意しますが」

「……」
それは用意しようとして、用意できるものなのか。
いや、そんなことより、アンドロメダは、自分をまるで性欲処理の道具のように言う氷河を何とも思っていないのか?
第三者にすぎない私でさえ、氷河のそんな考え方は不快でならないというのに。

私がアンドロメダの上に視線を巡らすと、アンドロメダは困ったように顔を伏せてしまった。
だが、それは氷河の発言を不快に思っているからではなく――氷河の発言が私を不快にしていることを察し、そのことに困惑しているためのように見える――私にはそう見えた。
こんなに清純そうな様子をしているアンドロメダが、私の機嫌を気にかけはしても、氷河の性欲発散発言には全く動じていないのだ。
私には本当に今時の若者の恋がわからなかった。

何はともあれ、そういうわけで、氷河は私と共に聖域に向かうことを承知してくれた。






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