- II -






俺は、“軽薄”“ちゃらんぽらん”を身上にしている。
適当に生きて、適当に死ぬ。
人間てのはそういうものだと思っている。
深刻になった方が負け、真面目に生きても無意味。
どれほど高潔な人生も、どれほどみじめな人生も、結局は同様に失われる。
その時その時をうまく切り抜けることができればよし、ヘマをしたら死ぬだけ。
それで文句を言う方が馬鹿なんだ。
人間てものは、人の命ってものは、そういうふうにできているんだから。

謎めいた城戸邸の住人たちへの興味がないわけではなかったし、その謎はいったいどういう謎なのかを知りたいという気持ちもないではなかったが、なにしろ俺は軽薄が身上。
どうせ謎を解くなら 瞬の謎を解きたいと、俺は軽薄かつ助平心いっぱいで考えた。


その夜も 瞬は昨日と同じように俺の部屋にやってきて、俺を“氷河”の代わりにした。
まあ、文字通り、俺の胸を借りるだけのことだが。
昨日そうしたように、俺は再び 俺の胸に頬を押し当ててくる瞬の身体を抱きしめてやった。
ひとしきり“氷河”の感触を堪能した瞬が、そのまま俺の・・部屋を出ていこうとしたのも昨日と同じ。
昨日と違っていたのは、俺がその瞬の手首を掴み、瞬が俺の許を去るのを許さなかったことだけだ。
とはいえ、それはかなり大きな差異だったろう。

「氷河と寝てた……って言ってたけど、君、歳はいくつ」
俺は俺の知りたいことを遠慮なく瞬に尋ね、瞬は悪びれた様子もなく俺が尋ねたことに答えてきた。
「18になりました。氷河は、ひとつ上」
氷河は4年前に死んだと言ってたから、ってことは、その時、瞬は14かそこいら。
十分に淫行条例に引っかかる歳だ。

「つまり、君と氷河は、かなり ませたガキだったというわけか」
14で性経験があるなんて、今どき そう珍しいことではないだろうが、それが同性同士のことで、しかもその片割れが、この清純そのものの様子をした瞬となると話は別だ。
それは十分に驚愕に値することだった。
が、15の氷河にできたことが今の俺にできないことであるはずがない。

「俺と寝てみないか?」
俺は、瞬に誘いをかけた。
話の流れからして、そう突飛な発言ではなかったと思う。
瞬もあまり驚いた様子はなく、だが、俺の誘いを全く意外と思っているわけでもなさそうに、俺の顔を覗き込むように見上げて言った。
「僕は男だよ」
「そうらしいが――だが、興味があるんだ。この清純そうな顔が、男に組み敷かれて、どんなふうに変わるのか」
「悪趣味だね」

そう言って、瞬は薄く笑った。
瞬は、俺の誘いを笑いにごまかそうとしているのだと俺は思った。
まあ、俺も本気で誘ったわけじゃない。
『そういうことは、本当にそうしたいと思った時にだけした方がいい。でないと、傷付くのはあなたの方だよ』
――なんて、きいたふうな口を叩いていた子が、死んだ恋人に顔が似ているだけの男に ほいほいと身を任せるはずもない。
瞬に誘いをかけた時にも そう思っていたし、瞬の微かな笑みを見た時には なおさらそう思った。

だが――。
まもなく その笑みを消し去った瞬は急に真顔になり、しばらくの間 俺を見定めるように凝視し、それから小さな声で、
「いいよ」
と答えてきたんだ。

俺はびっくりした。
びっくりはしたが、そこで『本当にいいのか』と念を押すようなことはしなかった。
そんなことを言って瞬の気が変わってしまったら、せっかくのチャンスを棒に振るようなもの。
俺は素早く瞬を抱き上げ、驚くほど軽いその身体を急いでベッドに運んだ。

俺は絶対にこの機会を逃したくないと思っていた。
あの尋常の人間とは思えない動きで瞬に逃げられることだけは避けたい。
そういう間抜けなことにならないように、強く瞬の手首を掴みあげたまま、瞬が身につけていたものを剥ぎ取り、俺の体重で一度 瞬をシーツの上に押しつけてから、やっとまともにその肌に触れることをした。

瞬の肌は滑らかで、そして、清潔だった。
どんな女の肌より綺麗で、俺の指や唇を引きつけるのに、女のようなしつこさがない。
汚れを知らぬ処女の肌――と言われた時に、男がイメージする肌そのものだった。
瞬は、男を知らないわけでもなければ、女でもないというのに。
いや、だからこそ、瞬の肌は、現実の処女の肌より、想像上の処女の肌に近いものに感じられたのかもしれない。

清純な表情は清純なままだった。
そのままで、瞬は、溜め息で誘うように俺の愛撫に喘ぐ。
清らかで官能的な不思議な生き物。
奇跡のような肌、体温、肉、声、表情――。
俺は、人間を知らない精霊を 夢の中で犯しているような気分に囚われながら、瞬に触れ、舐め、声に溺れ、抱き、抱かれた。

俺がその手で触れる瞬の表層は無垢で清浄な野に咲く花のようなのに、瞬の中は なまなましく生きている動物の命そのものだった。
血と肉と熱でできた妖しく謎めいた生き物が、俺にぬめぬめとまとわりつき、吸いつくように締めつけてくる。

瞬の中にいる間、俺は天国にいて地獄の責め苦を味わっているような気分に陥っていた。
ずっと繋がっていたいのに、ずっと瞬の肉に絡めとられ責め立てられていたいのに、その感触が信じられないほど絶妙な熱と力で俺を殺そうとする。
具合いが良すぎて つらいなんて、そして、瞬を奪っているはずの俺の方がここまで翻弄されるなんて、普通はありえない。
ありえないことだと思いながら、俺は瞬の中で果てた。
多分、いつもより短い時間で。






【next】