「シュンっ! シュン、無事かっ !? 」 エプソムダウンズの馬場に併設されているティーラウンジにシュンを迎えにやってきたのは、一介の雇われ御者にしては上等すぎるジャケットを着た壮年の男だった。 「父さん……?」 「ああ……」 怪我をした様子もなく優雅にお茶のテーブルについている息子の姿を見て、英国一の成功者であるシュンの父が、長い安堵の息を洩らす。 息子の無事を確かめると、彼はすぐに一家の家長としての威厳を その表情と態度に取り戻した。 「聞いたぞ。暴れ馬をからかおうとして、公爵殿に迷惑をかけたそうだな。この悍馬が!」 頭ごなしに息子を怒鳴りつけ、すぐにヒョウガの方に向き直る。 「ご迷惑をおかけして申し訳ない。公爵殿は私の息子の命の恩人だ。この大馬鹿者のために大層な立ち回りを演じてくださったとか。万一の時のために治療費と慰謝料と謝礼を――」 突然ティーラウンジに飛び込んできたシュンの父に、ヒョウガは、彼らしくない実に奇妙な顔を向けてきた。 昨日ヒョウガと知り合ったばかりのシュンとは違い、シュンの父はそれなりにヒョウガの人となりを知っていたのだろう。 その彼にも、それは初めて見るヒョウガの表情だったらしい。 「公爵殿……は、ひどい怪我でもされたのか……?」 不安そうなシュンの父の声で我にかえったように、ヒョウガは首を横に振った。 「怪我などはしていません。ご厚意はありがたいのですが――」 「遠慮はなさらないでいただきたい」 平生の態度に戻ったヒョウガに安堵したように、シュンの父が食い下がる。 ヒョウガは、再度首を左右に振った。 「それは固くご辞退申し上げます」 やわらかい態度で、だが きっぱりと、ヒョウガはシュンの父の申し出を断った。 「ヒョウガ……」 そんなヒョウガの態度に、シュンは、尋常でなく大きなショックを受けてしまったのである。 昨日今日知り合ったばかりの人間に押しかけてこられ、散々な迷惑をかけられたことに、ヒョウガは腹を立てているのだと、シュンは思った。 たった今まで、彼が生まれの卑しいじゃじゃ馬に立腹した素振りも見せず紳士的に接してくれていたのは、底意を他人に見せないことを美徳のとする英国貴族としてのたしなみにすぎなかったのだ。 シュンは、そう考えないわけにはいかなかった。 計画通りに事が運ばず、ヒョウガへの資金援助の名目を手に入れ損なっただけでも、十分落ち込める事態だというのに、その上、図々しく傍迷惑な粗忽者としてヒョウガに嫌われてしまった――。 父と帰宅するなり、シュンは自室に閉じこもって、誰が呼んでも そこから出ようとはしなかった。 |