瞬を連れた氷河が聖域に帰りついた時、最初に氷河の姿を見付けたのは天馬座の聖闘士だった。 物怖じというものを知らない星矢が、氷河の連れに興味津々といった様子で、ほぼ1ヶ月振りに会う仲間のところに飛んでくる。 「氷河、これが例の?」 「ああ」 氷河の首肯を確かめた星矢が、不躾と言っていいほど遠慮のない態度で、瞬の顔を覗き込む。 「女の子みたいな顔だな。神サマの趣味って、わっかんねー」 到底 褒め言葉とは思えない感想を吐いてから、星矢は人懐こい笑顔を瞬に向け、瞬はその笑顔にやはり笑顔で答えた。 「いいのか、聖域に入れて」 星矢の背後から、今度は龍座の聖闘士がのそりと姿を現わす。 彼は、星矢ほどには事態を楽観視していないらしく、氷河が聖域に連れてきた客人を心から歓迎することができずにいるようだった。 その紫龍でさえ、瞬の瞳に正面から向き合った途端に警戒心を解いたのが、氷河にはわかった。 「まあ、大丈夫だろうが……。しかし、アテナも嫉妬しそうなほど綺麗な子だな」 瞬の瞳は、人間に対してそういう作用を及ぼすのだ。 あの村にいた頃から、この10日ほどの旅の間中も、瞬の眼差しに出合った途端、紫龍と同じように態度を変える人間たちを、氷河は幾度も見てきた。 その力は、聖闘士に対しても有効らしい。 「瞬を聖域に入れることは、この場に危険を招き入れることになるかもしれないが、それでも瞬を野に置くよりは安全だろう」 そんな弁明がアテナの敵になるかもしれない者を聖域に入れる理由として説得力のあるものだとは、氷河自身思っていなかったのだが、氷河の二人の仲間たちは、彼に考え直すようにと忠告することはしなかった。 そして、それはアテナも同じだった。 「……俺にはわからなかったのです。人間が清らかなこと、汚れること――俺が何をすべきなのか。アテナご自身が直接瞬と話をして判断してください」 「相当難しい相手だったようね。ご苦労様でした」 彼女は、氷河が瞬をアテナ神殿に連れていくと、結局ハーデスの器となる者を聖域に連れ帰ることしかできなかった不甲斐ない白鳥座の聖闘士を責めもせず――むしろ嬉しそうに瞳を輝かせた。 氷河の背後に隠れるように立っている瞬に、その視線を向ける。 「あなたに会えて嬉しいわ、瞬。本当に嬉しい。思っていた通り、澄んだ綺麗な目をしている。氷河が悩むのも仕方がないわね」 「は……はじめまして。あ……でも、僕は自分の目を見ることはできないので……。僕は氷河の目の方がずっと綺麗だと思います」 「ええ、そうね。だから私は彼をあなたの許に遣わしたのよ。氷河は、彼があなたの許を訪ねた理由をどう説明したの?」 瞬はおそらく、女神アテナを年配の貫禄ある女性の姿で想像していたのだろう。 自分と大して歳の違わない少女の姿をしたアテナの親しげな態度に、瞬は少なからず面食らっているようだった。 「はい……あの、清らかな人がいて、その人を汚さないと世界が破滅するかもしれないと」 「その説明には、少々誤った推測が混じっているわね……」 歳だけでなく背丈も瞬と大差ない華奢な少女が、戦いのために鍛え抜かれた体躯を持つ白鳥座の聖闘士の上に、まるで20も年上の教師か何かのような一瞥を投げる。 「ええ、でも、その清らかな人を今のままにしておいたら、その人とこの世界が破滅の危機に見舞われかねないというのは本当のことよ」 そんな視線を投げられても氷河が大人しくしているところを見ると、今この場にいる10代半ばの年頃の少女は、やはり見掛け通りの人間ではないのだろう。 瞬は彼女に恐る恐る尋ねてみた。 「ここは、世界の平和を守ることを第一義とし、そのために戦う人たちがいるところだという、僕の認識は正しいですか」 「ええ」 「よかった。あの村では、僕がしようとしていることを理解して僕の計画に協力してくれそうな人がいなくて」 「計画?」 「はい。氷河の迷いを終わらせるための」 瞬は女神アテナだという人に曖昧な笑みを返し、 「僕みたいな戦いの門外漢は、いざという時に氷河たちに迷惑をかけかねないですから、ここにはあまり長くいない方がいいですよね」 と呟くように言った。 その呟きが、聖域の住人の意見を聞くというより、瞬自身の判断の報告のような響きを帯びていたので、アテナは――氷河も――首をかしげることになったのである。 |