どうしてそんなことになったのかわからない。 氷河の空の色をした瞳を見詰め、見詰められていると、僕はもう何も考えられなくなった――何も言えなくなった。 だって、氷河の瞳の中には、僕の自由があるんだもの。 自由――憂いのない自由。 氷河の体温、氷河の愛撫、僕を抱きしめる氷河の腕と胸――は、僕を自由にした。 僕は空の高みを飛翔している。 その開放感が気持ちよくて、僕は声をあげて自由を謳歌する。 手足を思い切り伸ばして、抱きしめたいものを抱きしめ、受け入れたいものを 僕はこの身体に受けとめる。 氷河と抱きしめ合うことは途轍もない開放感を僕にもたらしたけど、もちろん それは僕の空想じみた感覚の中だけでのことだ。 そんなふうな開放感を感じている僕は、実際には、心も身体も氷河の瞳に奪われ縛られ、その瞳の中に閉じ込められてしまっていた。 僕は氷河の瞳の中という小さな世界で自由を感じているだけのことにすぎない。 そんな自由ってあるだろうか。 僕は自由と共に不安を覚えた。 僕は束縛と解放の相反した感覚に囚われている自分に不安を覚えてたのに――なのに氷河は、まるで僕に束縛されるのを望んでいるみたいに、自分から僕という檻の中に入ってきた。 少しでも僕の深いところに閉じ込められることを望んでいるみたいに、じわじわと信じられないほどの力で、氷河は僕の身体の中を突き進んでくる。 息を荒げて、氷河は何度も『愛している』という言葉を僕の耳許で繰り返した。 僕は氷河を、氷河は僕を、自分の中に閉じ込めて、そして、際限のない自由を感じていた。 苦しいほど自由――僕の身体は氷河にきつく抱きしめられ、押し潰され、自由に動くことさえできずにいるのに、僕はこれ以上ないほどに自由なんだ。 氷河もそうだったんだろうか。 氷河は僕の身体の奥深くに入り込んで、僕はもっともっと氷河を僕の内に引き入れようとして、氷河に吸いつき絡みつき身体の内を痙攣までさせていたのに、氷河は自分を囚われの身と感じて不安がってはいないようだった。 僕にその精を搾り取られた時も、不安どころか、氷河は全く逆の表情を浮かべた。 「瞬……瞬……」 氷河が心配そうに僕の名を呼んでいることに僕が気付いたのは、氷河の放ったものが僕の身体の中を伝って流れる感覚に、僕が気が遠くなりかけていた時だった。 それは、性交の最後の愛撫なのかもしれない。 なまぬるく したたるその感触に、あろうことか僕はうっとりし――そんな自分を叱咤して、手放しかけていた意識を、僕は慌てて自分の方に手繰り寄せた。 僕が浅ましいほど声をあげて、泣き叫びさえしたから、もしかしたら氷河は僕に無理強いしたような気になってしまったんだろうか。 氷河にとって僕は、まだ、大人の都合で振り回されるだけの非力な子供に見えているんだろうか。 僕は今では、嫌なものは嫌だって言えるだけの力と意思を持っているのに。 ――嫌じゃなかったんだ、僕は。 氷河が僕の中にいて、僕が氷河の中にいることが。 氷河の誤解を解こうとして、僕は氷河の瞳を見詰め、そして気付いた。 子供の頃の僕が空を見上げるたびに感じていたのは、自由なんかじゃなく、ただの逃避だったっていうことに。 本当の自由っていうのは、何にも囚われないことじゃない。 本当の自由っていうのは、好きな人の側にいること、好きな人の側にいられることなんじゃないかって、僕は思った。 「氷河の瞳の中に、僕の好きな空と、僕の自由があるんだ」 急にそんなことを言われて、氷河は虚を衝かれたような顔になった。 そして、不思議そうな目をして僕を見詰める。 「僕は氷河が好き――って言ったの」 すっかり順番が逆になってしまったけど、僕は氷河に僕の心を知らせた。 そうして、まだ少しだるさの残る腕を伸ばして氷河の額にかかる金色の髪を脇に寄せ、氷河の瞳を覗き込む。 そこには、僕を自由にしてくれる、懐かしいあの空があった。 おそらく氷河の側にいる限り、僕は自分を自由だと感じていられるだろう。 Fin.
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