「氷河っ! 氷河、そこにいるのっ」
俺が瞬に救い出されたのは1ヶ月後のことだった。
世界に見捨てられ、100年もそこにいたような気がしていたのに、たったの1ヶ月。
たったの1ヶ月とはいえ、ほとんど身体を動かすことなく その場にへたり込んでいただけの俺の脚は萎え、俺は立ち上がることもできなくなっていた。
筋肉ってのは、こんなに簡単に失われるものなのかと、俺は驚いた。

薄闇の中に光が射す。
眩しいほどの光を伴って俺の前に現われた瞬は、俺が最後に見た時と全く同じ様子をしていて――100年も歳をとったようには見えなかった。
だから、俺が薄闇の牢の中で過ごした永劫にも思われる時間は、実際にはそんなに長い時間ではなかったんだろう。

瞬の登場と共に、世界が動き始める。
俺だけを残して、世界が急ぎ足で走り始めたような気がした。
俺だけが、その時間の流れの中に戻ることができない――。

「氷河……! 遅くなってごめんなさい! 氷河の居場所、沙織さんにもなかなか突きとめられなくて――」
俺が自力で立ちあがれるにいることに気付いたらしい。
瞬は俺の横にがくりと膝をつき、泣きそうな顔になった。
いや、実際に その瞳から涙をあふれさせた。
俺が薄闇の中で聞いていた水の滴る音。
あれが瞬の涙の作る音だったらよかったのに――と、俺は思った。

「ハーデスを倒したのか」
「ハーデス? それが、氷河をここに閉じ込めた人なの?」
瞬はハーデスのことを知らなかった――憶えていなかった。
俺が 瞬のためにここに一人うずくまっていたのだということも知らず、瞬はただ、突然姿の消えた仲間の身を案じ、探し、そして救いに来たらしい。

「沙織さんが特別に作ってくれた結界を通って、ここに来たの。沙織さんが、この道は僕にしか通れないっていうから僕が来たけど、星矢たちもすごくすごく心配してるよ」
瞬にしか通れない道――。
沙織さんは、おそらく、俺をここに閉じ込めた者の正体を知っている。
だが、あえて瞬に知らせることをしなかった。
知ってしまったら、瞬は、突然姿の消えた仲間の身を案じるだけでは済まなくなる。
自分のせいだと責任を感じ、俺を幽閉した張本人のハーデスではなく、勝手にそうすることを決意した俺でもなく、瞬は自分自身を責めることになるだろう。
沙織さんの判断は的確なものだと、俺は思った。

「ここ、まるで僕たちが生きている世界とは違うところにある場所みたい。早く出よう、こんなところ」
差し延べられたしの手を振り払うことは、俺にはできなかった。
俺がここにいる限り、おまえの身は守られる――と言い張って、この牢獄に残るには、俺の心は弱りすぎていた。
なにより、瞬の手を拒んだら、瞬がまた泣くだろう。

瞬に肩を支えられて、瞬が運んできた光の中に俺が足を踏み入れた時、どこかからハーデスの冷ややかな笑い声が聞こえてきたような気がした。






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