「明日も――いや、今夜も来い」
瞬は一度だけその屈辱に耐えれば 自分の負い目は解消されると考えているのかもしれない。
瞬にそう告げた時、俺は瞬に拒絶させるか、あるいは、遺憾の表情を見せられることを恐れていた。
だが俺は、瞬が俺のその命令を聞いて実際にどう思ったのかを 確かめることはできなかった。
俺の浅ましい欲望から解放されると、瞬はそのままベッドに倒れ込み――うつ伏せに倒れ込み――俺にその顔を見せてくれなかったから。
大きく上下していた瞬の肩と背中は、乱れていた呼吸が落ち着いてくると、死人のそれのように動かなくなった。

蝋のように白い瞬の身体――。
俺は なめらかな瞬の背に手を伸ばし、俺が傷付けた身体を愛撫してやりたい衝動にかられたが、瞬の拒絶が恐くて そうすることができなかった。
代わりに、
「今夜も来るんだ」
と、再び瞬に命じる。
顔を俯かせたまま のろのろと身体を起こした瞬は、抑揚のない声で、
「はい……」
と、短い答えを返してきた。
歩行する力を失った代償として、俺は瞬を言いなりにする力を手に入れた。
失った力を取り戻さずにいる限り、瞬は俺の奴隷も同然だということを、その時 俺は確信したんだ。

その日から瞬は、朝でも夜中でも俺が呼べば俺の許に来て、俺に奉仕することを始めた。
奉仕――それは“奉仕”だったろう。
ベッドででも、ソファででも、瞬は、俺に言われるまま服を脱ぎ身体を開く。
瞬は、車椅子に座っている俺の上に跨がることさえした。

たった一度の屈辱に耐えることで――それは、瞬の負い目を消し去るのに十分な代償だったと思うんだが――瞬の負い目が消えなかった理由は、やがて俺にもわかった。
それは、その行為が瞬にもたらしたものが屈辱と苦痛だけではなかったから――らしい。
意識や心はともかく、瞬の身体は俺との交わりに喜びを覚え、その行為は瞬に快楽をもたらした。
その事実は瞬の負い目を消し去るどころか、逆に大きく深くし、瞬の胸中に もう一つの罪悪感を根づかせたらしい。
瞬は俺に命じられ、自分の意思に反した行為に従事するが、そうすることで結局自分も快楽を得てしまうから、瞬の負い目は消えることがないんだ。

実際に、俺と身体を交えるたび瞬の喜びは深くなる一方だった。
瞬の喘ぎは艶を増し、その溜め息は甘くなる。
俺がそうしろと命じなくても 瞬は俺を体内に受け入れ、俺が『動け』と命じなくても、瞬の腰は勝手に動き始めた。
それが俺への贖罪ではなく自分の快楽を追う行為になってしまっているから、瞬の負い目は消えることはない。
瞬の身体がその行為で快楽を得てしまうことは、俺には実に都合のいいこと――思いがけない幸運でさえあったのだが――やがて俺は、瞬に一方的に奉仕されることに苛立つようになってきた。

瞬は俺を好きでそんなことをしているのではないだろう。
だが、俺は瞬を好きなんだ。
その気持ちを言葉にすることが許されないなら、せめて行動で示したい。
せめてもう少し身体が動いたら――瞬の身体をもっと愛撫してやれたら、瞬が感じている痛みを減らしてやることもできるだろう。
そうすれば、この行為を、苦痛を伴わない純粋な快楽にしてしまうことも、瞬のこの身体なら成し遂げてしまうかもしれない。

俺の脚が動かなくなったのは肉体的損傷のせいではなく精神的なものが原因だと、医者は言っていた。
つまり、歩けないでいる方が自分に益があると無意識下の俺は判断し、動くはずの脚を動かさずにいるだけなのだと。
だが、今 俺は、俺の脚が元のように動くようになればいいと痛切に望んでいる。
意識と無意識の両方がそれを望めば、俺の身体は元の通りに動けるようになるはずだった。
医師の見立ては正しかったんだろう。

ある夜、俺は、いつものように俺の上に跨って白い喉と胸だけを俺に見せている瞬をそのまま仰向けに押し倒した――そうすることができてしまった。
「ああ……っ!」
既に意思よりも身体の快楽に己れの支配権を奪われていた瞬は、ひときわ大きな喘ぎ声をあげることはしたが、二人の身体の位置が逆転したことに違和感や驚きを覚えなかったらしい。
そんなものを覚えたとしても、瞬の身体の奥深くに捻じ込まれた俺の欲望が、瞬に余計なことを考えさせなかった――だろう。
瞬はただ切なげに身悶え喘ぎ続けるだけだった。

この方がいい。
俺に貫かれて泣き喘ぐ瞬の表情を見たいだけ見ていられる。
俺が身体を引くと瞬は身悶え、切なげな喘ぎ声をあげる。
再び押し入ると白い喉をのけぞらせ、歓喜の声をあげる。
やはり、この方がいい。
この方が、俺愛しているんだという気分を堪能できる。

俺の律動に従って、瞬の声、瞬の表情は変化した。
瞬が俺に貫かれることに歓喜している事実を目の当たりにして、瞬の中にいる俺の欲望は更に膨れあがった。
「瞬、気持ちいいのか?」
瞬の両膝を抱え、その身体を無理に押し曲げて、瞬とつながったまま、俺は瞬の耳許に囁いた。
「いい……気持ちいい……」
瞬がきつく眉根を寄せているのは、苦痛ではなく歓喜のせいだ。
「痛くないのか」
「痛い……でも、いいの……ああっ!」
今の瞬は嘘をつけるほど正気ではいない。
瞬の喘ぎは、正直な告白だったろう。

「そうか」
当然、俺は正気でない瞬の言葉に――正気でない言葉だからこそ――安堵して、更に俺自身を前に押し進めた。






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