翌日は、腹が立つくらい晴れた日だった。
白い濁りを帯びた冬の青空になる直前の秋の空。
夏場の容赦のない太陽のそれとは違う、優しい朝の光が、俺に目覚めを促す。
目覚めて――二日酔いにもなれない自分の身体を、俺は恨んだ。
火をつけることもできるほど強い酒をあれだけ飲んだっていうのに、俺の心身からはすっかり酒気が抜けてしまっている。
これも、聴力、視力、握力、背筋力すべて 常人の3、4倍の値を出せる聖闘士の新陳代謝能力のたまものだというのなら、聖闘士というものは つくづく不幸な生き物だ。
シャワーを浴びて着替えを済ませると、俺はもうすっかりいつもの俺だった。
少なくとも、身体には失恋のショックは全く残っていない。
自分の健やかさに、俺は、明瞭に冴えた頭で、空しいほどの もの悲しさを覚えることになった。


俺が着替えてダイニングルームにおりていくと、そこには瞬の姿があった。
俺が朝の食卓に仲間内で最後に着くのは いつものことなんだが、夕べのことがあったからか、瞬は俺の登場までずっと空の俺の席を見詰めていたらしい。
瞬の隣りには星矢、星矢の向かいには紫龍がいて、星矢はクロワッサンをかじりながら、紫龍は妙な匂いのするお茶をすすりながら、憂い顔の瞬をちらちらと盗み見ている。

明るく『おはよう』なんて言える気分じゃなかった俺が 無言でダイニングに入っていくと、その姿を認めた瞬が、
「お……おはよう、氷河!」
と、やたら大きな声で、俺に朝の挨拶を投げかけてきた。
『投げかけてきた』と言うより、『全力で叩きつけてきた』と言った方が正しいかもしれない。
「今朝の気分はどう !? 大丈夫 !? 」
夕べのことが気にかかっているせいで自然に振舞うことができずにいるのだとしても、瞬の声のボリュームは尋常のものじゃなかった。
星矢も紫龍も瞬の大声に目を剥いている。

「大声を出すな」
俺は、瞬に、どちらかと言えば きつい口調で、そう答えた。
ここで優しく、『気分は上々。俺はもちろん大丈夫だ』なんて答えたら、それで日常が戻ってきてしまうかもしれない。
そうなることを、俺は懸念したんだ。
今朝を、いつも通りの朝にしてしまったら、夕べの俺の告白がなかったことにされてしまうような気がしたから。

それにしても――瞬は、俺が夕べ全身の血の10分の1くらいはアルコールにしてしまうくらい深酒したことを知っているはずだ。
俺は不幸なことに二日酔いになることはできずにいたが、二日酔いの可能性がある人間に、早朝の大声は最悪のプレゼントだろう。
瞬は酒を飲んだことがないから、二日酔いの(可能性のある)人間の事情なんて察しようがなかったのかもしれないが。

「氷河! あ……あのね !! 」
また、でかい声。
いったい瞬はどういうつもりなんだ。
振った相手に対して大声で自己顕示する、それは新手の嫌がらせなのか! ――と、俺は胸中で毒づいた。
声に出して言わなかったのは、瞬がそんなことをするはずがないということがわかっていたから。
たとえ瞬を振ったのが俺の方で、再起不能なほど容赦なく振られたのが瞬の方だったとしても、瞬が俺に嫌がらせなんかするはずがないことを、俺が知っていたからだ。

瞬は俺を心配しているんだ。
仲間だから――大切な仲間だから、アテナの聖闘士の大義に比べれば さして重要な意味も意義もない色恋なんかのせいで、俺とぎこちなくなりたくないと、瞬は思っている。
もちろん、俺の心を傷付けたくないとも、瞬は考えているだろう。
そして、そう考えるほどに――俺の心を思い遣るほどに――瞬の態度は不自然に作ったものになっていくんだ。
瞬の言動に悪意は ひとかけらも混じっていないということがわかるから、俺はなおさら みじめだった。
みじめな自分にむかむかして、俺はそのまま踵を返した。






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