「氷河って、本当にセックスが好きだよね。それとも、これくらいは普通なの?」
「俺が好きなのは、セックスじゃなくて、おまえとのセックスだ」
「答えになってないよ。普通なの?」
僕がこういうことを訊くと、氷河は、いつも答えをはぐらかす。
だから、きっと氷河は普通じゃない――んだと思う。
氷河とすること、僕も好きだからいいんだけどね。

「――俺は、本来は常軌を逸して我儘な男だ。それこそ無垢な子供のように 欲しいものは欲しいと言うし、求めて得られないものは力で奪うことも考えるような男だった」
「過去形?」
それとも、それはありえない仮定文なの?
氷河が僕に優しくなかったことなんて、これまでに ただの一瞬だってなかったよ。

「自分の我儘を通して 乱暴に奪うことだけをしていると、本当に欲しいものを失う可能性があることに気付いて、俺は自分を律することを覚えたんだ。まず、おまえが欲しいと告げて、おまえの諾の返事をもらって、優しく愛撫して、おまえがその気になってくれたら初めて、俺の望みを叶える。それを自分を偽っていることだと思うか? 無垢な子供みたいに、一途に自分の望みだけを叶えるべきだと? おまえを傷付けても?」
ああ、そういうこと。
氷河は、このセックスも、価値ある努力のたまものだと言いたいわけ。
氷河の言うことを信じないわけじゃないけど、氷河がこれを努力だけでしているとは、僕には思い難い。

「あ……無垢な子供はこんなことしないでしょう」
「十中八九、相手を傷付けるだけで終わるからだ。我儘で性欲旺盛な男には、自分の欲望を抑えて優しい愛撫を続けるって行為も、結構な試練なんだぞ」
氷河が少しおどけてるみたいに笑いながら言うから――多分それは本当のことなんだろう。
そうだったんだ。

「それでもおまえを傷付けたくないと思うから、俺はその努力を続けるわけだ。そして、そうせずにいられない相手に出会えた自分を幸運な男だと思う」
氷河の努力――優しい愛撫――は、本当に気持ちいい。
これがただの本能じゃなく、僕のための優しさなんだと思うとなおさら、僕は身体の芯がとろけそうな気持ちになる。

「無垢な子供に戻りたいなんて思うな。おまえは子供の“無垢”じゃなく――日々成長していく人間の・・・、時を経るにつれて強く大きくなる“清らかさ”を手に入れるんだ」
氷河の言い方は――まるで“子供”は人間じゃないみたいだ。
氷河の気持ちはわからないでもないけど。
氷河は、無垢で非力な子供だった頃に大切なお母さんを亡くしてしまったから、子供だった頃の自分が悲しくて嫌いなんだよね。

「無垢というのは、動物的本能と大して変わらない。人間は社会的動物だから、人との交わりの中で、社会性や他人への思い遣り、集団の秩序を守るための約束事を身につけていく。強さも優しさもだ」
「ん……それは汚れることじゃないの」
だめ。
難しいこと言わないで。
僕、だんだん ややこしいことが考えられなくなってきてる。
わかってるくせに、ずるい。

「その考えは、肉体の交わりを知った人間は汚れを負った人間だという考え方に似ているな。馬鹿げている」
「あ……あ……」
「おまえは、その馬鹿げた考えの信奉者か」
「そんなことあるはずが……あれは僕にとって……んっ」
氷河が、その腕で、僕の膝を抱えあげる。
あれ・・じゃなくこれ・・
氷河が、それ・・を僕に押しつけてくる。
ああ、すごい。

これ・・は僕にとって……あっ」
氷河がみなぎらせている力に触れただけで、僕の身体は期待に震える。
その期待が大きすぎるせいで、僕の意識は圧倒され、力を失う。
氷河の青い瞳が、意識をほとんど朦朧とさせている僕の瞳を覗き込んでくる。
氷河の青い目。
初夏の真昼の空みたいに澄んでいるのに、燃えているようにも見える不思議な色の瞳。
この瞳の中にいると、僕はくらくらして、正気を失う。

「おまえにとって、これは」
「い……今はだめ、答えられない――早くっ」
氷河の髪に指を全部絡みつかせ、腰を大きく浮かせて、僕は氷河をせがんだ。
珍しく僕を焦らすことをせずに、氷河が僕の中に入ってくる。
ゆっくりと、でも、容赦なく、確実に。
「あああああ……っ!」
この異様な、ぞくぞくする感覚。
以前は恐かったんだ、とっても。
他人が僕の身体の中にいるなんて、それは、自分が自分ではなくなるような――自分が純粋な自分ではなくなることのように思えたから。

今は、これほど自分というものを確認できる行為はないと思う。
僕は、氷河を受け入れることのできるものとして、確かにここに存在する。
他の誰が知らなくても、氷河は僕の存在を確信してくれている。
僕は、氷河をくわえ込んだ自分の身体を浅ましいほど見苦しく捩じらせ、うごめかせ、氷河の名前を繰り返し叫んで、そして、氷河の精を搾り取った。






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