「おはよう」
翌朝、僕が氷河とダイニングルームにおりていくと、『食卓には一番乗り』を旨としている星矢が、ほっとしたような顔を僕に向けてきた。
星矢にしては珍しく、まだ一口も食事に手をつけてなかったみたい。
僕は昨日あれから ラウンジに戻らず、夕食もとらなかったから――心配かけちゃったんだよね。
ごめんね、星矢。

「おはよ! なんか、さっぱりした顔してんな」
「夕べ、氷河といっぱいしたから」
「……何を」
ちょっとぎこちない笑顔を貼りつけていた星矢の顔が、思いっきり嫌な予感を感じている人間のそれに変化する。
「やだな、星矢。そんな立ち入ったこと聞かないでよ」
僕は、星矢のために明るく笑って、純真な(?)子供の振りをした。

嫌な予感が現実のものになった星矢の顔。
それは屈託のない お陽様みたいに明るい表情とは到底言い難かったけど、星矢の表情からは 翳りめいたものはすっかり払拭されていた。
僕がそう感じるってことは、今朝 最初に出会った時、星矢の瞳には憂いが混じっていたってことだ。

「氷河が助平でも、おまえが助平でも、おまえが落ち込んでないなら、それでいいけどよ!」
わざと腹を立てたみたいに怒鳴って、星矢はぷいと横を向いてしまった。
「やっかみたくなる気持ちはわかるが、氷河と瞬のそれは一種の病気だと思って諦めた方が賢明だぞ、星矢」
紫龍が、横から皮肉混じりの茶々を入れてくる。
星矢と――僕と氷河のために。

“無垢な子供”じゃない“人間”は、みんな素直じゃなくて、みんな嘘つきだ。
そして、本当に優しい。
そんな仲間たちに囲まれて生きているのに、無垢でない自分が悲しいなんて言って落ち込んでたら、僕はただの馬鹿だよ。
僕は馬鹿にはなりたくないから――明るい笑顔を浮かべた。
その笑顔が、意識して――偽りで作ったものなのか、自然に浮かんでくるものなのか、それはもう 僕自身にもわからない。

「ジグソー、今日こそは」
いつもの席に着いて、僕は今日の抱負を口にした――しかけた。
「完成させるのか?」
氷河が、僕の代わりに、そのあとを引き受けてくれたけど、
「4辺は埋めてみせるよ」
残念ながら、僕は堅実派なんだ。
僕は、一歩一歩少しずつ目標に向かって進んでいく。

「ささやかな目標だな」
「まあ、ゆっくりやれよ」
紫龍と星矢が、そんな僕にエールを送ってくれて――僕は大きく頷いた。

無垢でなくても、青空は手に入れられる。
無垢だった頃の自分に戻りたいとは、僕はもう決して願わない。






Fin.






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