なぜそこまで――という疑念は消えない。 だが、大事なことだったんだろう。瞬には。 もしかしたら、俺のために必要だと思っていたのかもしれないし、あるいは瞬自身のために必要なことなのだと思っていたのかもしれない――俺を瞬自身に繋ぎ留めておくために。 だとしたら、瞬の健気は実を結んだことになる。 俺は、その夜から、瞬に夢中になった。 もちろん それまでも俺は瞬に夢中だったんだが、二重の意味で――要するに、俺は瞬とのセックスにも夢中になった。 俺が瞬とこういうことになるなんて、俺は ほんの数ヶ月前には想像もしていなかったんだ。 叶わぬ夢として脳裏に思い描くことさえ、したことがなかった。 瞬は優しくて強く善良な人間だ。 聖闘士なんて因果な商売をしている俺は、瞬の優しい姿を見ているだけで、ともすれば麻痺してしまいそうになる人間としての心を保つことができるような気がしていた。 瞬自身も聖闘士で 戦いの中に身を置いている人間なのに、人を傷付けることを頑なに拒み続ける その姿勢は、決して戦いというものに慣れてしまわない瞬の潔癖のたまもので、瞬の柔軟な強さは、当然のごとくに瞬を優しい人間にする。 瞬は、人間としては最上等の部類に属する者だと思う。 その瞬が、いったい俺のどこがよくて俺の気持ちを受け入れてくれたのかと、俺は今でも不思議でならない。 一度聞いてみたことはあるんだが、その時の瞬の答えは、 「氷河に好きだって言われた時、嬉しかった。人を傷付けることしかできない僕を好きでいてくれる人がいるんだって思ったら、変な言い方だけど、氷河自身が僕の救いになって――。好きだって言ってもらったから、その人を好きになるって、もしかしたら ずるいことなのかもしれないけど、現にそうだったんだから仕方がないよね。氷河がいてくれれば、僕は戦っていけるし、生きていける。そう思えて――嬉しかったんだ」 というものだった。 そういうこともあるんだろうと、俺は一応は納得したんだ。 自分を愛し、その存在価値を認めてくれるもの。 それはどんな人間にも――瞬のように強い人間にも――必要なものなんだろうと。 ともかく、先に瞬を好きになったのは俺で、瞬に好きだと告げたのも俺の方。 だが、その後の瞬は、まるで、本当は俺に好きだと告げられる以前から 瞬は俺に恋焦がれていたんじゃないかと疑ってしまいそうなほど、俺に――こういう言い方はどうかと思うが――尽くしてくれた。 あの夜自体が、俺の我儘から始ったことだったし、それ以降の瞬が毎晩俺の部屋に来てくれるようになったのも、俺がそれを望んだからだ。 瞬はいつも健気に俺を受け入れてくれた。 だが、そのうちに、その行為に苦痛以外の何かを覚えるようになったらしく、瞬の呻きや悲鳴や涙は、どこか なまめかしい艶を帯びるようになっていった。 初めての時は、交合を成立させることに必死で、自分から脚を広げ、腰を浮かすことまでした瞬が、徐々に俺との交わりに羞恥を覚えるだけの余裕も出てきたらしく、俺がたっぷり愛撫したあとに頼まないと、瞬は恥ずかしがって身体を開いてくれなくなった。 確かに瞬は、その行為に快楽と陶酔を覚えるようになっていた。 その陶酔の仕方、喜び方は、男のそれのように激しく短いものじゃなく、かといって女のそれでもなく――むしろ女のそれより長く深い。 俺が求めれば、瞬は俺に求められることが嬉しくてたまらないような目をする。 そして、嬉しいと感じていることが恥ずかしくてたまらないような仕草で、俺にその手を預けてくる。 俺は、俺こそが この世界で最も幸福な男だと、一片の疑いもなく信じていた。 |