ジュネが言っていた通り、氷河はラウンジのソファで“滅茶苦茶 落ち込んで”いた。
瞬が常々、それ自体が光を放っているのではないかと思っていた金色の髪も曇るほどの勢いで。
ラウンジのドアの前に瞬の姿を認めた氷河が、まるでバネ仕掛けの人形のように、掛けていた椅子から立ち上がる。

そうして 瞬の前に駆け寄ってきた氷河は、一度 何か物言いたげに唇を開きかけ、だが、結局 沈黙した。
この一連の騒動の何もかもが、氷河には想定外の出来事だったのだろう。
つまり、それほどまでに氷河は瞬を信じ切っていたということである。
氷河を信じ切ることのできなかった自分を、瞬は改めて深く悔やんだ。

「ごめんなさい」
先に言葉を発したのは瞬の方だった。
その一言だけでも、氷河の落ち込みはかなり緩和されたらしい。
表情だけでなく全身を強張らせていた白鳥座の聖闘士からは、目に見えて緊張の気配が消えていった。

「俺は本当に……ジュネの言うことを、おまえが信じるとは思わなかったんだ。そんなことはありえないと、笑い飛ばして終わりだろうと、俺は――」
こんなにおまえを好きでいる男を なぜおまえは信じてくれなかったのだと、瞬を責めるつもりはないのだろうが、氷河の瞳は苦しげに瞬に訴えていた。
その苦しさを言葉にしない氷河に、瞬の胸は鋭い刃物で抉られるように痛んだのである。

瞬に氷河を信じさせなかったもの。
それは、瞬の中にある卑屈とひがみだった。
自分は優しくて強くて綺麗な女の人・・・ではない――という。
そうだったのだと、今ではもうわかっているから、自分はその卑屈を乗り越えるための努力をすることもできるだろう――と思う。
瞬は、そうするつもりだった。

「おまえを傷付けるつもりはなかった……。すまん」
「僕も――さっき氷河に言ったこと、全部撤回する。僕、ほんとは氷河が大好きで、氷河にうんと構ってもらいたいの」
氷河の顔を見上げて、瞬がそう告げると、それまで苦しげに呻いているようだった氷河の瞳は、瞬時に明るい輝きを取り戻した。
「俺も実は、前々から、おまえをもっと構ってやりたいと思っていたんだ!」
「うん。ごめんね、氷河……」

自分が強くならなければ、この人を悲しませることになる――。
その思いが人を強くしていくのだと、氷河の胸に頬を埋めて、瞬は思ったのである。


城戸邸の瞬の許に、九州は太宰府天満宮名産の梅ケ枝餅が送られてきたのは、それから1週間後のことだった。
宅配便伝票の通信欄には『フェニックス ココニモオラズ』という、短い走り書き。
ジュネは、どうやら趣味と実益を兼ねた観光旅行を続けているらしい。
賭けに勝ったジュネがなぜ? と訝る瞬に、氷河は苦々しい顔をして、
「俺への嫌がらせに決まっている」
と答えたのである。
やはりジュネは白鳥座の聖闘士よりも鳳凰座の聖闘士に似ている。
暗鬱な気分で、氷河はその認識を確信に変えたのだった。






Fin.






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