氷河と瞬は、死者の国で再び出会いました。 「あ……」 「瞬……?」 二度目の死を、これ以上はないほどの悲嘆と共に迎えた二人の恋人たち。 なぜ氷河がここに、なぜ瞬がここに、と、二人が尋常でなく戸惑ったのも当然のことです。 そんな二人に、アテナは少し申し訳なさそうな目を向けて言いました。 「ごめんなさいね。不粋な神様たちが、あなた方の死後の処遇に悩んで、テストをしたいというものだから」 アテナは、けれど、すぐにその瞳に明るい輝きをともしたのです。 これから 彼等の死を生きていく二人に、彼等の肉体の死を思い出させても何の役にも立ちませんからね。 既に通り過ぎてしまった死を、今更悲しんでも何にもなりません。 「彼等は未だに判断がつかないようだから、あなた方の死後の処遇は、私が私の一存で決めました」 死の国の入り口で、瞬は氷河を見、氷河は瞬を見、二人はすべてを理解したようでした。 死と再会、涙と安堵――。 どう表現すればいいのかわからない思いが、二人の胸に去来します。 生きていてほしいと、恋人が生きている時には思っていました。 共に死にたいなどとは、一瞬たりとも思わなかった、誰よりも大切な人。 その生が、自分の死のせいで悲しみに彩られたものになってしまうのではないかという絶望が、二人に二度目の死をもたらしたのです。 だというのに――。 二人はここで再び出会ってしまったのです。 まさか、「おまえも死んでいてよかった」とは言えません。 「氷河も死んでいてくれて嬉しい」とは。 二人は、愛する人の死を素直に喜ぶことはできませんでしたが――なぜか、二度目の出会いが、二人を素直に悲しませることもしなかったのです。 どう言えばいいのでしょう。 再び出会えたことが、二人の心を奇妙に浮き立たせていたのです。 それは二人を困惑させる思いでもありました。 アテナは、そんな二人に、軽やかに言いました。 「あなた方には、地獄の一丁目で、しばらくの間、“呪いの言葉”清掃活動に従事してもらおうと思っているのだけど、異議があって?」 「え? の……呪いの言葉清掃活動……?」 「ええ。地獄に落とされた馬鹿者たちがね、自分の所業を省みることもなく、他人や世の中を呪う言葉を吐き続けているの。それがゴミになって溜まって、地獄は今 ひどいありさまになっているのよ。あなたたちには、それを片付ける仕事をしてもらいたいの。『自分が悪かったんだ』って一言言うだけでも、地獄の一丁目の辺りは かなり綺麗になるんだけど、あそこに送られた者たちは いつまで経ってもそれがわからないみたいで」 「……」 いったいこれから自分が送られる地獄というところは どんな場所なのか――と、不安に思わなかったわけではありません。 けれどアテナが告げる『あなたたち』という言葉が、瞬を不安にさせてばかりもくれなかったのです。 「あと50年もしたら、星矢や紫龍もここに来るでしょう。そうしたらまた、みんなで一緒に楽しくやれるわよ」 「清掃活動を?」 「ええ。わいわい騒ぎながら、皆でしていたら楽しいでしょう、そんな仕事でも――どんなことでも」 アテナの表情に、死んだ者に対する同情や悲愴感は全く浮かんでいませんでした。 彼女は彼女の聖闘士たちに希望を与えてくれる女神。 彼女はいつもそういう女神でしたからね。 「すごく楽しそう」 ですから、瞬は――瞬も――アテナの笑顔に引き込まれるように、そう言って笑ってしまったのです。 これから地獄に落とされる人間が。 でも、瞬の瞳には、自然に笑みが浮かんできてしまったのです。 それは、氷河も同じでした。 「僕は、氷河と一緒にいていいんですね?」 それが、瞬を微笑ませた理由でした。 「俺は瞬と一緒にいられるのか」 それが、氷河に絶望を忘れさせた訳。 二人がこれから送られる地獄は、二人が二人でいられる場所。 そこは、孤独のない場所だったのです。 「ええ。だって、あなたたちは、同じ罪を犯してきたんですもの。そして、同じ善行を積んできた。違う場所に置くことはできないわ。当然でしょう」 アテナの明言が、瞬の笑顔を更に明るく輝かせます。 二度目の死の瞬間に、二人を絶望させた原因が消えてしまったのですから、二人の笑顔が輝くのも道理というものです。 「異議なんかありません! ありがとうございます!」 「感謝します、アテナ」 二人が一緒にいられるのなら、地獄の一丁目だろうが二丁目だろうが、そこは至福の苑です。 二人が離れていなければならないのなら、たとえ天国にいたって、そこは地獄以上の地獄。 氷河と瞬は その手を固く繋ぎ合って、希望に輝く瞳と表情で、彼等の粋な女神に感謝の言葉を捧げました。 だって、二人は、本当に嬉しかったのです。 嬉しくて嬉しくてたまらなかったのです。 そんな二人を見て、アテナもとても満足そうでした。 何といっても、彼女の可愛い聖闘士たちが、本当の幸せが何であるのかをちゃんと知っていてくれたのですから。 そして、彼女は二人にそれを与えることができたのですから。 アテナが満足するのは当然のことだったでしょう。 若い二人の早すぎる死は アテナにとっても つらいものでしたけれど、今ここでそんなことを言っても始まりません。 氷河と瞬は、彼等に与えられた命を一生懸命に生きて――生き終え、戦い終えて、ここにいるのです。 「それにしても、神様たちって馬鹿よね。罪だけを見て、人を見ない。白黒 決着をつけたがって、融通がきかない。まあ、彼等は人間ではないのだから、人間にとって何がいちばん大切なのかが わからないのは仕方のないことなのかもしれないけど……。自分の幸福が何なのかを知っていて、そのために努力する人間の方がずっと利口だわ」 地上の平和と安寧のために若い命を捧げたアテナの聖闘士。 身贔屓と言われようが何と言われようが、彼女は彼女の聖闘士たちの幸福のためになら、どんなことだってするつもりでした。 神々の法廷で、最初に発言権を放棄したのは その布石。 神様たちを撹乱させ、簡単に彼等の生き方に白黒をつけさせないためだったのです。 そうして、アテナの聖闘士として戦い続け、その戦いと生を終えた氷河と瞬は、地獄の一丁目で清掃活動をしながら、今でも幸せに暮らしています。 幸せでないわけがありません。 二人は一人ではなく、二人一緒にいるのですから。 Fin.
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