明日は日本に帰る。
真理の探究が趣味の星矢は、今回の騒動で『他人の色恋沙汰に首を突っ込むと ろくなことにならない』という貴重な教訓を得たらしく、帰国前夜には 氷河と瞬を二人きりにしてくれた。

その日、氷河に抱きしめてもらい、初めてのキスを交わし、瞬はひどく幸せな気分に包まれていたのである。
昨日までの不安や焦燥や苛立ち――それらはすべて、瞬の中から跡形もなく消え去ってしまっていた。
なにより、氷河が その青い瞳でまっすぐに彼の恋人を見詰めてくれるのが、瞬は嬉しくてならなかったのである。

「でも……自分らしさって何なんだろうね。人は、『自分らしさ』をどんなふうに決めるんだろう」
物事が自分の思い通りに運ばないことに取り乱し、サガには無礼と暴言の限りを尽くしてしまった。
彼は笑って、
『君の自分らしさがわかった時に ぜひ報告にきてくれ』
と言っていたのだが、瞬は未だに――恋を手に入れても未だに――その答えに辿り着けずにいた。
散々迷惑をかけてしまった双子座の黄金聖闘士の期待に応えたいとは思うのだが、はたして それは正しい答えのあるものなのだろうかと、瞬は疑い始めていたのである。
氷河が、そんな瞬の頬に右の手をのばしてくる。

「そうだな。自分を型にはめないことかな。自分をこういうものだと決めつけず、自分に限界を定めず、自分は何でもできると信じて、『あれもできる』『これもできた』という事柄を積み重ねていけば、人はいつか 自分だけの自分らしさに辿り着けるのかもしれない」
「自分はこういうものだと決めつけないこと――」
首を傾けて、瞬は氷河の手の平にその頬を押し当てた。
「うん……。そういう自分になら、僕もなれそう」
いつも この手が側にあってくれるのなら、それは容易なことのような気がした。
氷河の手の平の温かさが、瞬の唇に微笑を運んでくる。

「氷河、好きだよ」
自分からそんな言葉を氷河に言える時がくるとは、つい昨日まで 瞬は思ってもいなかった。
自分のそんな言葉に価値はない。だから自分はそれを言って・・・もらう・・・しかないのだと、瞬はずっと思っていたのである。
自分をこういうものだと決めつけて、その型に はめ込み、瞬は萎縮しきっていた。

だが、今は、自分には無限の可能性があるような気がする。
「俺もだ」
氷河の言葉が、瞬のその思いを更に強く大きなものにしてくれた。
人を“自分らしく”するものは、もしかしたら、『自分は自分の愛する人に愛されている』という確信なのかもしれないと、氷河の青い瞳を見詰めながら、瞬は思ったのである。






Fin.






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