スイーツフェアはもう一日あったのに、翌日、瞬とあの男はもうホテルにはいなかった。
予定よりも一日早く出立したと、ロビーに下りていった俺に、ホテルの総支配人がじきじきに教えてくれた。
ホテルのフロントには、『ごめんなさい』というメッセージカードと5円玉の入ったお守りが預けられていて、俺は泣きたい気持ちでそれを受け取ったんだ。

再会の約束も交わせぬまま、俺は瞬と永遠の別れを余儀なくされた。
もうあの二人には会えないということが、なんとなく俺にはわかっていた。
瞬は、おそらく俺のために、予定を繰り上げて ここを発ったんだろうから。
永遠の別れ――。
死別じゃなくても、互いに生きていても、人はそれを経験することがあるんだ。


――それで何が変わったわけでもないんだ。
俺の迷いは更に深くなっただけだった。
そして、父さんと母さんを失った俺には、そんなことを相談できる相手は、あの悪友共しかいなかった。

思い切って相談してみたら、奴等は俺のために色々考えてくれた。
『やっと何かする気になったか』と、力任せに俺の背中を叩きながら。
腹を割って話してみると、奴等は皆いい奴等だった。
誰も俺のことを見下してなんかいなかった。
いや、見下してはいたのかもしれない。
だが、それは、俺が見下されても仕方のない態度をとっていたせいだ。

奴等は俺に『フライの揚げ方を覚える気はないのか』とか、『金があるのなら福祉関係に投資してみるのはどうだ』とか、『今からでも学校に入り直してみたらどうか』とか、奴等の価値観にのっとった助言をそれぞれにしてくれた。
軽口めいた助言もあったが、本気で資料を手に入れてきてくれた奴もいた。

奴等のおかげで、俺の人生には選択肢がありすぎるほどにあるってことに気付いた俺は、今もまだ悩んでいる。
以前よりは、真面目に、真摯に。
そして、その迷いは、以前のそれと違って希望のある迷いだ。

奴等の中の一人――いつも進んで俺たちの会合の幹事を務めてくれていた女の子が、特に真剣に俺の悩みを聞いてくれて――彼女は昔から真面目で友だちのために親身になってくれる奴だったからな。
それで、彼女といることが多くなって、俺は彼女と付き合い始めた。

彼女は、ごく普通の――本当に何もかもが普通の女の子だ。
瞬とは違って、きっと一緒にいても誰も振り返らないし、一緒にいる俺を羨む奴もいないだろう。
でも、俺には彼女がすごく綺麗に見えるんだ。
そうして、俺は今 幸せなのかもしれない――なんて、そんなことを、俺はしばしば考えるようになった。

自分が誠意を持って当たれば、大抵の奴等は誠意を返してくれるってことに、もっと早く気付けばよかった。
瞬が言っていた通りに――以前の俺は、自分から自分の“仕合わせ”を遠ざけていたんだ。
以前の俺には、俺だって近寄りたくない。

多分、俺が気付かずにいただけで、もとから俺の周囲には“いいご縁”がたくさん転がっていた。
“仕合わせ”の種が、俺の周りにはいくらでもあったんだ。
俺にそのことを気付かせてくれたのは、そのきっかけをくれたのはあの二人。
あの、奇妙に美しい宇宙人たちだ。
だから、俺は、あの金髪男が残していった5円玉のお守りを捨てることができずに 今でも持っている。
そして、今でも時折、あの二人はいったい何者だったんだろうと思うんだ。

もしかしたら――もしかしたら、あの二人は、親父とお袋の幽霊だったじゃないだろうか――なんて、馬鹿なことも考えた。
だって、そうだろう。
冷静になって考えてみれば、あんな桁外れの美少女や いい男が、現実にいるはずがない。
偉そうに構えているわりに、どこか抜けていて鈍感で 瞬の尻に敷かれているあたり、あの派手男は俺の親父そのものだったし、人見知りの気がある俺が心からくつろいで我儘を言えたのは母さんだけで、瞬は母さんと同じ親しみやすさを その身にまとっていた。
あんまり 俺がぐうたらして情けないありさまだったから、あの世でいてもたってもいられなくなった父さんと母さんが、それとわからぬ姿になって馬鹿息子のところに帰ってきてくれたんだ――と考えるのは、妄想が過ぎるだろうか。
それとも、やっぱり あの二人は実在する人間で、本当に 今もどこかで地上の平和のために戦っているんだろうか?

本当のところは俺にはわからない。
いや、俺はそんなことはどうでもいいんだ。
あの二人が俺に、“仕合わせ”になるためのきっかけと勇気を与えてくれたことに変わりはないんだから。
あの二人が父さんと母さんの幽霊でも、本当に正義の味方だったとしても、たとえ宇宙人だったって、俺は構わない。

ただ、叶うなら――俺は、もう一度 あの二人に会いたい。
そして、報告したいんだ。
『君たちが俺をこっぴどく やりこめてくれたから、おかげで俺は今も何とか生きている』と。






Fin.






【menu】