それから二人がどうなったかを知りたいですか? 氷河王子の妻になった瞬は、自分が未来の王妃になったことを まだ知らずにいます。 知らずに、自分は 国と国民に対して重責を担っている氷河王子の世話係に抜擢されたのだと信じて、毎日仕事に励んでいます。 氷河王子はといえば、瞬が氷河王子の妻にさせられたことを瞬に知られないように、四六時中 神経をとがらせて、毎日ひやひやしながら瞬の夫としての日々を過ごしています。 瞬はちょっと世間知らずなところがありましたが、同性同士が結婚できないことくらいは知っているようでしたから、自分が北の国の王子の妻にさせられていることを知ったら、大変なことになってしまいそうだったのです。 氷河王子は、瞬だけでなく、カミュ国王や国の大臣たち、国民に対しても、瞬が実は男の子だとばれないように、細心の注意を払い続けなければなりませんでした。 これも なかなか神経をすり減らす仕事です。 もっとも彼等は、一国の王太子妃になったというのに、我が身を着飾ることなど考えもせず動きやすい男子の衣装を着て、細やかな気配りで氷河王子の世話をしている瞬を見るにつけ、その健気に感動するばかりで、瞬が男の子かもしれないなんてことは 微塵も疑っていないようでしたけれどね。 とはいえ、油断は禁物です。 なにしろ、瞬自身が、氷河王子の妻たり得ないという事実の明快な物的証拠。 その物的証拠が こま鼠のように くるくる働く様を、王宮の誰もが毎日目にしているのです。 証拠が証拠だと気付く者が いつ現われないとも限りません。 瞬を妻に迎えてからというもの、氷河王子は毎日はらはらし通しでした。 けれど、氷河王子は、決して そんな生活をつらいと感じているわけではありませんでした。 「おまえを抱きしめ、おまえに抱きしめられると、王子としての重責にも耐えられるような気がするんだ」 とか何とか言いくるめて、婚姻の誓いが為された その夜のうちに、氷河王子は瞬をベッドに引き込むことに成功していましたから。 瞬は、最初のうちは、「いったい が、強いだけでなく大層 賢い子でもあった瞬は、まもなく その行為の意味と意義を瞬なりに理解するようになったのです。 獰猛な獣のような目をして瞬に襲いかかってくる氷河王子が、事が終わったあとには目に見えて穏やかな様子になるので、それは一国の王子としての重責からくるストレスを解消するために必要な行為なのだろうと、瞬は理解したようでした。 となれば、これは大変重要で意義のあるお仕事。 瞬は、氷河王子のために、氷河王子のベッドの中でのお仕事にも、それはそれは一生懸命 務めることになりました。 国のため、国の民のため、そして氷河王子のために働けることに大いなる喜びを感じている瞬は、当然 深夜残業手当なんか要求もしません。 「王子様の心が安らぐのなら、ちょっと痛いのなんて、僕は全然平気」なーんて健気なことを言って、瞬は氷河王子を感動させたりもするのです。 もっとも最近 瞬は、「どんなつらいことでも耐えてみせる」と決意して始めた お城でのお仕事がこんなに気持ちよくていいんだろうかと 悩み始めているようですが、それも そのうち氷河王子がテキトーに言いくるめてしまうことでしょう。 跡継ぎ問題も、そのうち氷河王子がテキトーに処置してしまうでしょう。 恋は、人間を狡猾に――もとい、賢くしますからね。 瞬と結婚して落ち着いた(?)氷河王子は、以前の氷河王子からは想像もできないほど真面目に王子様業に励むようになりました。 だって、氷河王子が 北の国や北の国の民のためになる仕事をすると、そのたびに瞬が心から嬉しそうな笑顔を氷河王子に見せてくれるのですもの。 氷河王子は、張り切って 王子様業に いそしまないわけにはいかなかったのです。 誰かの幸福のために自分の力を使うこと、その成果をあげられることは、自分一人の幸福だけを追うことより ずっとずっと氷河王子を幸福にしてくれることでした。 氷河王子が頑張るのは、彼の国民のためというより瞬の笑顔のためでしたが、どちらにしてもそれは同じこと。 誰かの幸福を願う心や優しさや思い遣りの気持ちというものは、連鎖してどこまでも広がっていくものですからね。 人が素直な心を持っている限り、ある人の幸福は別の誰かの幸福になり得ます。 人が素直な心を持っている限り。 すべてに恵まれた王子様と、我が身の他には何も持っていない みなしご。 運命は誰に対しても公平平等ではありませんが、自分に与えられた場所で懸命に生きて、誰かに必要とされる自分になることは、誰にでもできることでしょう。 そうして、自分が大好きな人の幸福の一部であることを実感できた時、人は最高の幸福感に包まれることになるのです。 氷河王子と瞬は幸福でした。 二人の幸福は、カミュ国王や北の国の民たちをも幸福にしています。 それが幸福の法則というものなんですよ。 Fin.
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