気がつくと、二人は、二人が暮らしていた村の外れにある野原に二人だけで立っていた。 てっきり聖域のアテナの許に戻るものと思っていた二人は、屋根のない青空の下に突然 立たされて、幾度か瞬きを繰り返すことになったのである。 地上に満ちている光の眩しさに 目が馴染み始めた頃、瞬はせっかく光に慣れた目を 悲しげに伏せてしまった。 「ごめんね……。僕、ここで薬草を探してたら、突然ハーデスが空中から現われて、いったい何ごとかと驚いているうちに動けなくされちゃって、そして、何もかも忘れてしまってたの。ごめんなさい……」 それは瞬のせいで起こったことではなく、瞬が謝らなければならないようなことでもない。 氷河は軽く左右に首を振った。 「あんなものが突然 空から現われたんじゃ、誰だって驚くさ」 途端に瞬がぱっと顔をあげ、そして、大きく頷いてみせる。 それから瞬は、気負い込んだ子供のように弾んだ様子でハーデスの無作法を非難してきた。 「氷河もそう思うでしょ! 僕だって、あの黒づくめの神様が 地面から現われてきたんだったら、あんなに驚かなかったと思うんだ! 晴れて真っ青だった空から 真っ黒いものが急に降ってきたから、僕、びっくりして動けなくなっちゃったんだよ!」 「時と場合を心得ていない奴だったんだろう」 幸せになる方法を誰よりもよく心得ている瞬は、この場は素直に恋人に許されてしまうことにしてくれたらしい。 瞬の賢明な決断に安堵して、氷河は瞬の言い分に同調してみせた。 そして、瞬の身体を抱きしめ、その唇に口付ける。 「よかった、俺の瞬だ」 生気にあふれている瞬を、光のある世界で抱きしめることのできる この幸福。 アテナが、彼女の聖闘士たちをアテナの許に運ばなかった訳を、この段になって、氷河はやっと理解することになったのである。 さすがにアテナの目の前で、こんなことはできない。 アテナは、彼女の聖闘士たちに気を利かせてくれたのだ。 「しかし、おまえは どうして俺を思い出すことができたんだ? あの時はまだ アテナの力も冥界に現われてはいなかったのに」 アテナの厚意に甘え、思う存分恋人の唇を味わい、明るい光の中で 一度だけそれ以上のこともしてから、氷河は瞬に あの時のことを尋ねてみた。 氷河の胸に頬を置いていた瞬が顔をあげ、氷河の唇に指で触れてくる。 「氷河が気持ちいいと、僕も気持ちいいって言ったでしょ。氷河が悲しいと、僕も悲しいの。悲しくて、目がさめたの」 「そうか……」 「あんなふうに目覚めるのは もういや。僕は毎日、氷河と二人で、気持ちいいまま目覚めたい」 『あなたが悲しいと、私も悲しい』 そう思える存在が一つあれば、人は、争いが絶えず、戦いと悲しみと苦しみに満ちている この世界での生を耐えることができる――幸福になることさえできるのだ。 氷河は、彼に最高の幸福をもたらしてくれる大切な人を、もう一度しっかりと抱きしめた。 「おまえが俺の側にいてくれる限り永遠に、おまえのその願いは叶うさ」 「うん」 瞬の唇が、氷河の唇の上で小さく頷く。 そうしてから、瞬は、氷河の目を覗き込み、幸せそうに目を細めて、小さな声で囁いた。 「夢見てたのより幸せ」 瞬の幸せは、二人を見舞った試練を一つ乗り越えたことで、段階が一段 上がったらしい。 憂いのない世界ではこうはいかない。 この世界――争いが絶えず、戦いと悲しみと苦しみに満ちている この世界で瞬に出会えたことに、その幸運に、氷河は心から感謝したのである。 瞬が幸せだというのなら、もちろん氷河も幸せだった。 Fin.
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