その傍迷惑な王子の婚姻の儀式は、滞りなく執り行なわれた。
1週間に及ぶ盛大な祝典。
花嫁の父と新郎は国民に大盤振る舞いをし、そのせいもあって新興の大国は建国以来の祝賀ムードに沸き立つことになった。
誰からも祝福されて結びついた王子と姫君が蜜月のただ中にいた頃、氷河と瞬は、彼等以上に蜜の味のする時間を過ごしていた。

やがて王子が新妻を伴って帰国する日が近付いてくる。
傍迷惑な王子は、新妻だけでなく瞬をも故国に連れ帰る気 満々でいたらしいのだが、瞬は、生き別れの恋人に出会えたからと言って、彼の要請を拝辞した。

「それは……毎日の目の保養ができなくなって寂しい」
本心を隠すことのできない子供のように率直に 落胆の色を見せる王子に、瞬は少々切ない気持ちで笑みを返すことになったのである。
目の保養――ただの目の保養。
王子の正直な言葉は、瞬の胸を微かに傷付け、同時に瞬の心を安んじさせた。
「王子様には可愛らしい奥様がいらっしゃるでしょう。これからは奥様をいつも見詰めていてあげてください」
「それは言われなくてもそうするが、私はそなたのことも気掛かりなのだ。あー……そなたの、その生き別れの恋人というのは、もちろん そなたにつり合うくらい美しいのだろうな?」
「え?」

常人とは“気掛かり”のポイントが大いに異なる王子に、瞬は小さく吹き出すことになった。
すぐに真顔に戻り、
「王子様と同じくらい」
と答える。
王子の気掛かりは、それで消えてくれたようだった。
恋する者の気持ちはわかるらしく、彼はそれ以上 無理に瞬を引きとめることはしなかった。

「では、お互い 幸せになろう」
「王子様のお幸せをいつも祈っています」
それが、二人の別れの言葉になった。
そして、瞬は、氷河と共に懐かしい聖域に向かったのである。

アテナは、喜んで瞬を聖域に迎え入れてくれた。
そうして、瞬は、そこで再び聖闘士になるための修行を始めたのである。
既に聖衣を授かっていた氷河は、瞬の修行に非協力的で、別の特訓ばかりしたがったが、氷河の扱いに慣れている瞬には、それは障害と呼べるほどの障害でもなかった。
その氷河に聞いたところによると、現代でも、傲慢な野心を抱く神は少なくないらしく、アテナの聖闘士たちは1年に2、3度は大きな仕事をしなければならないらしい。
小競り合いの類なら、月1ペースで起きている――ということだった。

要するに、二人は、今生でも 恋だけに夢中になって生きるのは無理――ということである。
だが、それは、命をかけても守りたいものを確かに認識でき、心が通い合う人と共に同じ戦いを戦うことのできる生だった。
生きる目的と、幸せになってほしい人が側にいる生。
瞬は、他に望むことはなかった。






Fin.






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