「氷河……?」
瞬に名を呼ばれた氷河が、はっと気を取り直したように顔をあげる。
数秒の逡巡を見せてから、彼は、いわく言い難い目をして瞬に尋ねてきた。
「瞬。それがおまえの聖衣なのか?」
「え? うん、そうだよ」
それは肯定するしかないことだったので、瞬は氷河にこくりと頷いた。
瞬の返答を受けて、何やら考え込む素振りを見せた氷河が、再び瞬に問うてくる。

「参考までに聞きたいんだが……一輝の聖衣はどんな聖衣だ?」
氷河はなぜ そんなことを訊いてくるのかと怪訝に思いはしたのだが、それは隠さなければならないことではなく、特に返答に窮するようなものでもなかったので、瞬は素直に問われたことに答えを返したのである。
「オレンジ色と濃紺の聖衣だよ。背中から鳳凰の羽根をつなげたみたいなのが3本、ぴらぴらって伸びてて、すごく可愛くて面白いの」
「星矢のは」
「星矢のはね、メットに血走った馬の真っ赤な目と耳がついてて、ちょっと馬のかぶりものっぽいかな。聖衣自体は赤と白の縁起がよさそうな色だよ」
「紫龍のは」
「紫龍の聖衣は全体が緑色で、メットが龍の顔になってるんだ。龍のヒゲがぴんと立ってて、まるで紫龍の顔が龍に食べられてるみたいに見えるの」
「……」
氷河は、瞬から得た情報をしばらく咀嚼反芻しているようだった。

いったい仲間たちの聖衣の形状がどうだというのか。
なぜ氷河はそんなことを いちいち確認してくるのか。
問われたことに答えはしたが、それが氷河にとってどんな意味を持つことなのかが理解できず――察することもできず、瞬は氷河の次なるリアクションを待つことになったのである。
およそ2分後、瞬にもたらされた氷河のリアクションは、
「そういう大事なことは先に言え!」
という、大声での叱責だった。

「え?」
瞬は、もちろん、氷河の怒声に驚いたのである。
しかし、気の毒なクマの前で 瞬を最も驚かせたのは 氷河の怒声ではなく、仲間を怒鳴りつける氷河の表情の方だった。
瞬を大声で叱責しながら、氷河は その顔に満面の笑みを浮かべていたのだ。
そして、真夏の太陽もかくやとばかりの明るい笑顔を浮かべた氷河の言うことには。
「いや、それが、俺の白鳥座の聖衣はな、ヘッドパーツに白鳥の首がついていて――おまると笑われるのが必至の聖衣なんだ。おまえたちに――特に一輝に笑われるのが嫌で、俺は絶対に日本には帰るまいと決めていた。しかし、俺の聖衣は、おまえの どピンクの聖衣ほど衝撃的じゃない。俺の聖衣には これほどのインパクトはない。何といっても、れっきとした男子用だし」

「氷河まで……これは男子の聖衣です!」
「ん? ああ、わかった、わかった。それはそうだろう。おまえの可愛い顔を仮面で隠すのは、人類にとっては多大な損失だからな」
「……!」
氷河が本心とは真逆のことを言っているのは一目瞭然。
彼の発言内容ではなく、彼の表情がそう言っていた。

瞬は、男子の面目をかけて、氷河の認識を改めさせようとしたのである。
耐え難い侮辱に思いきり眉をつりあげて、瞬が公布しようとした認識訂正要求は、だが、
「俺はおまえと一緒に日本に帰ることにした。これなら、俺があの聖衣と日本に帰っても大丈夫そうだ」
という氷河の帰国宣言によって、あっさり阻止されてしまったのだった。

「……」
氷河と日本に帰りたい。
子供の頃のように、仲間として氷河と同じ場所に在りたい。
その望みを叶えるために、瞬はこのシベリアの地にまでやってきた。
その切なる望みが叶ったというのに、瞬は どうしても、氷河の帰国の決意を素直に喜ぶことができなかったのである。






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