自分の方が正しいと思うのに、己れの弱さのせいで 自分の考えを主張できない。
そんな現実に苛立ちを抑えきれずにいるらしいミラクに、邪武たちの許に行くことを提案したのはサダルだった。
先の聖戦で 直接 冥界軍と戦うことはなかったが、摩鈴やシャイナたち白銀聖闘士と共に聖域の防衛に当たり、生き延びた青銅聖闘士たち。
彼等は、ミラクとサダルの師である星矢と紫龍、そして、聖域への反逆者の二人と同時期に聖闘士になった者たちだと、サダルは聞いていた。
その上 彼等は、摩鈴やシャイナたちほど恐くない・・・・
彼等は、サダルにとって、摩鈴たちに比べれば はるかに気安く接することのできる先輩たちだった。

実際、摩鈴に対峙した時より はるかに軽い気持ちで、サダルは彼等に尋ねることができたのである。
「アンドロメダ座の聖闘士と白鳥座の聖闘士のことを教えてください」
と。
問われた彼等も、ミラクとサダルに対して全く深刻な様子を見せず、他愛のない世間話でもするかのように気軽に、彼等の知っている情報を披露してくれたのだった。

「氷河と瞬なー……。まあ、瞬は目立たない奴だったな。顔はやたら綺麗だったが」
「その瞬に こてんぱんにやられたユニコーン邪武様が、何やらおっしゃっているぞ」
「やかましい!」
子獅子座の聖衣をまとった仲間に茶々を入れられた邪武が、同輩を怒鳴りつける。
だが、彼は、彼をからかった仲間に本気で腹を立てているわけではないようだった。
そして、彼は、彼を“こてんぱん”にしてくれた瞬――アンドロメダ座の聖闘士に遺恨を抱いているようにも見えなかった。

「でも まあ、ガキの頃の瞬は大人しくて泣き虫で――氷河の方が目立ってたのは事実だな。氷河は派手な見てくれしてたし」
「いや、氷河が目立ってたのはマザコンだったからだろ」
「マザコン !? 」
思いがけない単語が飛び出てきたのに虚を衝かれ、ミラクとサダルは同時に 素頓狂な声で その単語を反復した。
その単語を持ち出した狼座の那智が大仰に顔をしかめて、二人の後輩に こくこくと頷いてみせる。

「そう、何かってーと、マーマ、マーマって うるさくてよ」
「聖域の裏切り者がマザコン?」
「聖域の裏切り者? 何だ、それは」
「あ……いえ、そういう噂を聞いたので――。だから、二人の話をするのは聖域ではタブーになっていると」
「なに?」
それまでは至って和気藹々とした雰囲気の中で 聖域の“タブー”を語っていた五人の青銅聖闘士の顔から、一様に明るさが消える。
彼等の変化を訝り、その視線を先輩たちに向けたサダルを咎めるように――否、ユニコーン座の聖闘士は明確にサダルを咎めてきた。

「そのタブーを嗅ぎまわっているのはなぜだ」
「それは――」
本当のことを答えるべきか否かを、サダルは数秒の間 迷ったのである。
ただの興味本位、あるいは悪意からタブーを嗅ぎまわっていると思われるよりは、本当のことを告げた方がまだましだろうと考え、僅かにためらいの混じった口調で、サダルは彼の望みを先輩たちに打ち明けた。
「アンドロメダ座の聖衣と白鳥座の聖衣を、俺たちがもらうことはできないかと思ったんです」

「瞬と氷河の聖衣をもらえないかと思っただぁ !? 」
どこか気の抜けた檄の声が、辺りに響き渡る。
五人の青銅聖闘士たちは、まだ聖衣をまとう資格も得ていない二人の子供を、呆れ疲れたような目で見おろしてきた。

「おまえ等、瞬と氷河の聖衣がどういう聖衣かわかってて、そんなこと言ってるのか? アンドロメダの聖衣とキグナスの聖衣は、アテナの血を受けて、神聖衣にもなった特別な聖衣なんだ。半端な力しかない奴が身につけたら、聖衣の方がプライドを傷付けられたって拗ねて、家出するぞ」
「あの聖衣は、おまえ等ごときが手にしていい聖衣じゃないんだよ。馬鹿な望みを持つのは やめとけ やめとけ」
「……」

先の聖戦時、摩鈴たちと共に聖域を守り抜いた五人の青銅聖闘士たちが、“馬鹿な望み”を抱いている二人の子供をいさめてくる。
彼等は、アンドロメダの聖衣とキグナスの聖衣が欲しいと告げる二人に 憤りや苛立ちを感じているようには見えなかった。
彼等はただ、ミラクとサダルの望みを実現不可能な望みだと確信し、そんな望みを抱いている聖闘士未満の二人の子供に 心底から呆れているような顔をしていた。






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