僕は、言葉を忘れたわけじゃなく、声をなくしたわけでもなかったから、言葉と声と、少し遅れて感情と表情を取り戻すと、病気療養の名目で ずっと休んでいた学校に通い始めた。 瞬は、瞬の仲間たちのところに戻ってからも、時々すこやか園に来てくれた。 瞬が園に来る時には、いつも あの金髪の男が一緒で、でも彼はいつも ほとんど口をきかないで、瞬と僕たちを見てるだけだった。 声を取り戻す前の僕みたいに。 だから僕は、この金髪も、僕みたいに、瞬にココロの病気を治してもらったのかなって思ったんだ。 多分、そう。 この金髪も、僕みたいに、瞬に抱きしめてもらって、そして、人は温かいものだってことを教えてもらったんだ。 「ヒトシくんのことがいちばん心配だったんだけど、もう大丈夫だね」 何回目かに すこやか園に来た時、瞬が言った。 「僕には、僕の戦いがあって、もうここには来れなくなると思うんだ」 って。 僕には わかってた。 いつか こういう時がくるってことは。 瞬や瞬の仲間たちがどんなに『瞬は普通の人間だ』って言い張ったって、瞬は普通の人間じゃない。 何か、すごく大事な、しなきゃならないことがあって、だから瞬は強いんだって――強くなったんだって、僕はわかってた。 わかってた。 わかってたけど、泣きたくなって、でも泣いたら瞬が困らせるだけだって思って、僕は俯いた。 瞬が、そんな僕の前にしゃがんで、僕の顔を覗き込んでくる。 「僕たちは、ヒトシくんたちを守るために戦っているんだ。だから、僕たちも頑張るから、ヒトシくんも――人を思い遣れる優しくて強い子になってね」 それが瞬が僕に残した最後の言葉。 僕には僕の仲間がいるように、瞬には瞬の仲間がいる。 僕も瞬もひとりぽっちじゃないことが、僕に 瞬との別れを耐えさせた。 あれから3年が経った。 僕は、来年 中学校にあがる。 学校で先生たちが教えてくれることは、わかりきっていて詰まらないことばかりだけど、僕は真面目に休まずに学校に通ってる。 親や大人たちに対する不信感が完全に拭い去れたわけじゃないけど、彼等を信じるっていう気持ちも、僕は少しずつ持つことができるようになった。 すこやか園にも学校にも僕の仲間や友だちがいて、僕は奴等と喧嘩したり仲直りしたりして、毎日をすごしている。 そんな日々の中、折りに触れ、僕は瞬のことを思い出すんだ。 瞬の澄んだ瞳や、瞬の周囲にあった温かい空気、疑いを抱かせない安心感。 そして、瞬は本当は何者だったんだろうって、今でも思う。 綺麗で、強くて、優しくて、普通の人間って言われても、どこか謎めいて不思議だった人。 瞬が何者だったのかってことは、多分 永遠に わからないまま――謎のまま終わるんだろう。 僕の中に残るのは、瞬という不思議に綺麗で優しい人が、僕に 人の温かさを教えてくれたっていうことだけ。 その温もりで、僕が行くべき場所を優しく指し示し、導いてくれたってことだけ。 その記憶、思い出だけ。 でも、なぜだろう。 僕は、今でも自分が瞬の温かさに包まれ守られているような気がするんだ。 Fin.
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