氷河は小さなヒヨコだった頃から暮らしていた農家の庭を出て、町に向かいました。
瞬がそうしろと言ったから――氷河は自分の仲間を見付けようとしたのです。
氷河と同じ白い翼を持った仲間はすぐに見付かりました。
この時季は渡りの準備期間だったので、それぞれの巣で子育てを終えた白鳥たちが、渡りの群を作るために一つところに集まってきていたのです。
たった一羽の白鳥を見付けることは難しいことですが、群になっている白鳥たちを見付けることは そう難しいことではありませんでした。

町の中央にある大きな池に集まっていた白鳥たちの前に、威風辺りを払うといった様子で舞い降りた氷河は、すぐに群の王様に選ばれました。
白鳥は、毎年 渡りが始まる前に、群の中でいちばん強い鳥を 渡りの群のリーダーである王様に選ぶのです。
氷河は、身体も大きくて、翼も立派で、その上 大層美しい姿をしていましたから、それは ある意味、自然な成り行きだったでしょう。

渡りの群のリーダーは 群の鳥たちの命を預かる役目を担っていますから、責任も重いですが、権力も絶大です。
ですから、氷河が渡りのリーダーに選ばれると、群のみんなは氷河をちやほやし始めました。
これまで暮らしていた農家の庭で、氷河は誰よりも強くて大きい鳥だったのに、他の鳥たちとは姿が違うという理由で余計者扱いをされていましたからね。
みんなに敬い仰がれることは、氷河には ちょっと気分のよいことでした。
氷河は、こんなに みんなに尊敬されるのなら 人間にならなくてもいいかと思いさえしたのです。

でも、ふと瞬のことを思い出すと――小さなヒヨコだった時からの願いを捨ててしまうことは、どうしても氷河にはできなかったのです。
他のアヒルたちを見返すためにではなく、もちろん瞬を見返すためにでもなく、瞬を庇い守ってやるために、やっぱり人間になりたいと 氷河は思いました。

あの小さな村で、今頃 瞬はどうしているでしょう。
相変わらず泣き虫のみそっかすでいるのでしょうか。
誰かにいじめられて泣いてはいないでしょうか。
氷河は、それが とても気掛かりでした。

群の王様になった氷河には、我こそは群いちばんの美鳥びじんと自負する、今年成鳥になった若いメスたちが大勢 寄ってきたのですが、氷河の心は瞬でいっぱいで、そういうメスたちに 氷河は見向きもしませんでした。
ちなみに、白鳥は一夫一婦制。
群の王様は、大抵は、群でいちばん綺麗で若いメスを自分の伴侶に選びます。
けれど、氷河はどんな美鳥にも興味を示しませんでした。
それが効を奏して(?)、氷河は、メスだけでなくオスたちにも結構人気の王様になったのです。

やがて、渡りの季節がやってきました。
瞬のことは気になりましたが、白鳥の渡りで出発の時季を見誤ってしまったら、それは群の全滅さえ招きかねません。
氷河は、後ろ髪を引かれる思いで、何千キロも離れた遠い国に向かう旅を始めたのです。


半月もの間 飛び続けて、初めて行った見知らぬ国。
そこで数ヶ月を過ごし、翌年 元の国に帰ってくる。
その繰り返しが、白鳥の人生です。
それは、愛するひとが側にいてくれないなら、喜びのない つらくて厳しいだけの人生でもありました。
氷河は、生まれて初めての渡りを、その胸の中にいる瞬と共に やり遂げました。
そうして、翌年 帰ってきた時、氷河は もう ひとりではいられない自分を自覚したのです。
瞬が側にいてくれなければ、瞬の側にいるのでなければ、自分の人生は 喜びのない つらくて厳しいだけのもので終わってしまう――と。






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