瞬が、両手にどんぐりを持ち 松ぼっくりの帽子をかぶったヤジロベエ人形を作ることを思い立ったのは、瞬が持っている“自分のもの”が それしかなかったからだった。
秋の終わりに 城戸邸の庭にある小さな林で拾った、瞬の宝物。
それらの木の実以外のものは、住んでいる家も、着せられている服も、すべてが人から与えられたもので、瞬のものではなかった。
そして、自分の持ち物で作れるサンタクロ・・・・・ースからの・・・・・プレゼントは、いくら考えてもヤジロベエくらいのものだったのだ。

ヤジロベエ人形の腕にする竹籤たけひごは 城戸邸の松の木の冬囲いから拝借し、何とか ヤジロベエらしい形にはできたのだか、どんぐりで作った左右の腕が どうしても釣り合ってくれない。
瞬は、城戸邸の庭の隅で人目を避け、もう1時間以上もヤジロベエ相手に悪戦苦闘を続けていた。

「おまえ、何してるんだ?」
ヤジロベエ作りに夢中になっていた瞬は、突然 頭の上から降ってきた声に、心臓がひっくりかえるほど驚くことになってしまったのである。
瞬は、すっかり その日のトレーニングのことを忘れていたのだ。
幸い、声の主は 城戸邸に集められた子供たちのトレーニングに責任を負っている大人ではなく、瞬の仲間の一人だったが。

「そんな びっくりするなよ。辰巳の奴は 沙織お嬢様のオカイモノのお供で、さっき いそいそと出掛けていったよ。城戸のジジイも一緒に。それ、ヤジロベエって言うんだろ。ロシアにも似たような釣合人形があったぞ。おまえ、なんでまた、そんなものをこんなところで作ってるんだ? 風邪をひくぞ」
「あ……あの……」
「ああ、それじゃあ釣り合わないだろ」
「あ……」

瞬が自分の計画を氷河に打ち明ける気になったのは、氷河ならヤジロベエの釣り合わせ方を知っているのではないかと思ったからだった。
そのヤジロベエを完成させることは自分一人の力では とてもできそうにないと思ったから。
これは どうあってもクリスマスプレゼントでなければならないというのに、急がないと、今日という日は このまま終わってしまいかねないのだ。
「あの……星矢がサンタさんからのプレゼントを欲しがってるみたいだから……代わりにこれを――」
「代わりにこれを――って……。星矢が欲しがってるのは、サンタクロースからのプレゼントだろ」
「うん……だから、これを、あの……」

瞬の考えを察したらしい氷河が、到底“楽しそう”とは言い難い表情を作る。
むしろ不快そうな顔になって、氷河は、瞬の手の中にある出来損ないのヤジロベエを一瞥した。
「おまえがプレゼントを作って、サンタの振りして渡す気か? それは星矢を騙すことだぞ。そんなことはしちゃいけないし、する必要もないことだ。いもしないサンタクロースを信じてるなんて、星矢は少し おかしいんだよ」
「だ……騙すなんて、そんなんじゃないよ……。僕はただ、星矢に元気になってほしいだけで――」

それが大人でも子供でも 他人の意見に逆らうことなど滅多にしない瞬が 仲間の言葉に反駁してくることに、氷河は少なからず驚いたようだった。
その瞳を大きく見開いて、瞬の顔をまじまじと見詰めてくる。
それが悪意から出たことでないとわかっても――瞬のしようとしていることを“正しいこと”だと思うことが、やはり 氷河にはできなかったらしい。
彼は、そういう顔をした。
瞬には、だが、今はどうしても彼の協力が必要だったのだ。
サンタクロースの存在を信じていたいのに、信じられなくなりかけて沈んでいる仲間に、いつもの明るい笑顔を取り戻してもらうために。

瞬は、一度、唇を きゅっと噛みしめてから、『いもしないサンタクロースを信じてるなんて おかしい』と言い切る氷河に尋ねていった。
「氷河は神様を信じてる?」
「神様はいるさ」
「どうして? 氷河は神様に会ったことはないでしょう」
「マーマがいると言っていたんだ。いるに決まっている」
「マーマが、サンタさんはいるって言ったら、氷河はサンタさんを信じてた?」
「わからない。言われなかったから」
「じゃあ、想像してみて。マーマが、氷河にサンタクロースはいるって言ってたら、氷河はサンタクロースを信じていたかどうか」

瞬にそう言われて、氷河は真面目に その場面を想像してみてくれたらしい。
目を閉じて――1、2分後に その目を開けると、彼は僅かに首をかしげながら、
「信じていたかもしれない。マーマがそう言ったのなら」
と、答えてきた。
そうなのだろうと、瞬は思ったのである。
氷河の答えを聞いて、瞬は、自分の考えに確信を持つことができたのだった。
「星矢も、大好きな人に言われたんじゃないかな。サンタさんはいるんだって。だから、サンタクロースはいると、星矢はずっと信じてた」

「……」
瞬の推察を否定する根拠を、氷河は見い出せなかったらしい。
サンタクロースを信じていない彼は、その主張を再び繰り返そうとはしなかった。
星矢には、無理矢理別れさせられた姉がいた。
早く強く大きな大人になって彼女を捜し、自分はいつか必ずもう一度 姉に会うのだと、星矢は仲間たちに宣言していたのだ。

「星矢は信じていたいんだと思うの。星矢はお姉さんを大好きだから」
誰よりも大切で大好きな人の言葉だから 信じる――信じていたい。
氷河になら、星矢の その気持ちがわかるはずだと、瞬は信じていた。
「僕は……僕だって、サンタクロースなんて信じてないよ。サンタクロースなんて知らない。僕は、誰にも『サンタはいる』って教えてもらわなかったから。教えてもらわなかったことは、知りようもないし、信じようもない。でも、星矢は信じてる。信じたがってる。だから――」

だから――星矢が姉の言葉を信じ続けていられるように、星矢を騙さなければならないのだ――とは さすがに言葉にしにくくて、瞬は口をつぐんだのである。
瞬自身、これは星矢を騙す行為なのだということを、今になって自覚したところがあった。
氷河に そうだと指摘されるまで、瞬は自分のしようとしていることが良くないことだとは考えてもいなかった。
瞬は、ただただ星矢に元気になってほしいの一念で、星矢へのプレゼントを作っていたのだ。
今になって気付かされた事実――その事実によって もたらされた罪悪感で 顔を伏せた瞬に、氷河が初めて 合点のいった顔を見せる。
瞬の手の中にあるものを、それまでとは違う眼差しで見詰め、彼は瞬に言った。
「それ、釣り合ってないだろ。左のどんぐりが重すぎるんだ」
「でも、僕、どんぐり、この二つしか持っていないの。僕、どんぐりも松ぼっくりも、みんなみたいに たくさん拾えなかったから。やっと これだけ拾って、大事にとっておいてたの」
「ああ、そうか……」

城戸邸に集められた子供たちが、どんぐり集めの競争をしたのは、クリスマスに先立つ1ヶ月ほど前のことだった。
子供たちは争ってそれを拾い、山のようにどんぐりを集めて、勝負に決着がつくと、集めたどんぐりを惜し気もなくゴミ箱に捨てた。
たった二つしか どんぐりを拾えなかった上に、それを後生大事に抱えている瞬を、
『それっぽっちしか拾えなかったのか? おまえ、とろすぎるんだよ。もっと素早く、もっと図々しくしないから、みんなに横から取られちまうんだ』
と言ってからかったのは、他の誰でもない星矢だったのである。
言いながら、ポケットいっぱいに集めたどんぐりを、星矢は他の子供たち同様、瞬の目の前でゴミ箱に捨てた。

その星矢と同じことをした自分を思い出したのか、今度は氷河の方が罪悪感めいた色を その瞳に浮かべる。
瞬自身は、あの時 星矢の言うように もっと素早く図々しくなれていたら、今こうして 釣り合わないどんぐりに苦労することもなかったのにと、自分の“とろさ”を悔いていたのだが。
「あの時は――。いや、あのな。どこかから細い紐を見付けてきて、軽い側の方にリボンにして結べばいいんだ。どんぐりの重さは調節できなくても、リボンなら紐の長さで簡単に調節できるだろ」
「そ……そっか! ありがとう、氷河!」

釣り合う重さのどんぐりを手に入れることは無理でも、リボンにできそうな紐のありかになら、瞬は心当たりがあった。
編み物を趣味にしている城戸邸のメイドから、ほんのちょっとだけ細い毛糸を分けてもらえばいい。
瞬は、喜び勇んで邸内に戻り、目的のものを調達して元の場所に戻ってきた。
そこには まだ氷河がいて――というより、氷河は瞬より早く彼の仕事を済ませて、瞬より先に瞬の工作場に戻ってきていたものらしい。
城戸邸の庭にある石のベンチの上には、彼が手に入れてきたらしい小さな箱とリボンとカードが置かれていたのだ。

「あの我儘娘のところには たくさんプレゼントが届けられてたけど、オジョーサマは箱の中身にしか興味がないらしくて、箱やリボンは放っぽっとかれてたんだ。贈り主からの自筆のメッセージが書かれてないカードもたくさんあったから、好きなのを使えばいい」
「氷河……氷河、ありがとう!」
瞬は嬉しさのあまり 氷河の首に飛びついて、危うく手にしていたヤジロベエをひしゃげさせてしまうところだったのである。
ともかく、そういう氷河の協力もあって、星矢へのクリスマスプレゼントは、無事にクリスマス当日の内に用意されたのだった。






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