「正月から いちゃいちゃしやがって。なーにが『瞬に心配かけるから』だよ! 男の人生は 守りに入ったら終わりだぜ!」
「行方不明の星矢を捜してるうちに、僕たちのお正月は終わっちゃったよ。星矢はもう少し 落ち着いて、自分の身を守ることも覚えた方がいいの! 無事でいてくれたからよかったけど、鏡餅なんかのせいで星矢が大怪我でもしてたりしたら、僕たち、泣くに泣けないよ!」
「え? あ、いや、それはその……ごめん」

ああ、そうか。
俺が記憶を失ってセイウチ猟をしてたのは、まさに松の内と呼ばれる期間だったんだ。
瞬に怒られるのは 全然恐くないんだけど、だからって俺が反省しないわけじゃない。
瞬が――氷河や紫龍はともかく――瞬だけは、本気で俺の身を心配してくれるのがわかるから、俺は素直に瞬に謝った。
そして、思ったんだ。
瞬は、俺の仲間で、女神で、小さな母親みたいなものでもあるのかもしれないって。
かーちゃんに心配かけたり泣かせたりする息子なんて最低だよな。
俺はやっぱり瞬には(あんまり)心配かけたくない。

そう考えて、俺は割りと真面目に反省して、本気で瞬に謝ったんだ。
俺の真摯な反省の気持ちは、瞬の隣りにいる氷河には伝わらなかったみたいだけど。
奴は、俺の反省や謝罪なんて全く信用ならないって顔をして、勝手なことをほざいてくれた。
「星矢に説教を垂れても無駄だ。こいつが落ち着いた大人になる日など、永遠にこない」
「じゃあ、僕は、永遠に星矢の無茶を心配していなきゃならなくなるよ」
「む……」
氷河は、それは嫌だったらしい。
瞬のその言葉を聞くと、氷河は途端に態度を豹変させて、分別のあるオトナモードに突入、俺に説教を垂れてきた。
「星矢、瞬の言う通りだ。もう少し大人になれ」

ったく。
俺は、目先の利害損得で こんなに簡単に 態度や主張を変える男を、氷河以外 知らないぜ。
ほんとに正直というか、現金というか、素直というか、おめでたいというか、俺より馬鹿というか。
まあ、氷河の気持ちもわからないではないんだけどな。

女神のように慈愛にあふれ、母のように優しく心配性で、少女のように可憐清らか。
そんな瞬が恋人なんだから、今の氷河は、女性なるもののすべてを その手にしているようなものだ。
他の女なんていらなくなるのも当然。
その上、瞬は、信頼できる仲間であり、マザコン男の繊細で神経質な心と感情を穏やかに包み慰撫してくれる友人であり、もちろん、害意を向けてくる敵から氷河を庇い守る力を持つ闘士でもある。
氷河は、瞬で・・ すべてを手に入れているようなものなんだ。
氷河がおめでたく正直な男でいられるのも当然のこと。
現実に、氷河は、盆と正月が同時にきたのの10倍くらい、おめでたく恵まれている男だ。
だからこそ氷河は絶対に瞬を失うわけにはいかないから、安全牌とわかっている俺にも いちいち焼きもちを焼いてみせるんだ。
そうしていられる氷河が、ちょっと羨ましい――気もする。

「氷河の言う通りだよ。お正月からこれじゃ、今年も先が思いやられるよ」
氷河の同調に力を得たのか、瞬が重ねて俺を いさめてくる。
「まあ、そんなこと言わず、今年もよろしく頼むって」
氷河を変な方に刺激しないよう、あくまでも仲間として、俺は瞬の背中を勢いよく叩いた。
瞬はもちろん、可愛らしく苦笑いして、すぐに俺を許してくれたさ。
「じゃあ、日本に帰って鏡開きしようか。星矢、思い切り 鏡餅を割っていいよ」
「そーいや、俺、今年になってから まだ一回も餅を食ってなかった。腹減った」

記憶と一緒に空腹を思い出した俺は、氷河と瞬に背を向けて、俺の雑煮目指して歩き出したんだ。
別に癪に思う必要もなかったろうけど、盆と正月が同時にきたのの10倍くらい おめでたい男の顔を見てるのが、今はなぜか癪に障ったから。
そんな俺に――それまで 俺の記憶喪失&記憶復活劇を無料で観劇していた紫龍が ゆっくりと追いついてきて、低く耳打ちしてきた。
「おまえ、意識して自戒していないと、氷河のようになるぞ」
それはどういう意味だと訊き返そうとして――結局 俺は そうするのをやめた。
訊かなくてもわかる気がしたし、俺が訊き返しても、紫龍は俺に懇切丁寧な説明をするなんて不粋なことはしてくれないだろうから。

すべてが瞬で代用できる
瞬さえいれば、すべての問題は解決できる――ような気がする。
記憶を失っていた時、俺は瞬のことしか思い出さなかったし、瞬の他に求めるものもなかった。
こんな危険なことはない。
俺は氷河みたいに瞬を好きなわけじゃないけど、それが危険なことだってことに変わりはない。

「俺の今年の目標は 記憶を失わないことだ!」
紫龍に訊き返す代わりに、俺は俺の今年の目標をみんなに宣言した。
というより、それは、紫龍の忠告に従った自戒の決意表明だったかもしれない。
記憶を失って、瞬に氷河がいることを忘れると まずい。
俺はまだ死にたくない。
鏡開きの餅で作った雑煮も、俺は食わなきゃならないんだ。

俺の超立派な今年の目標を聞くと、瞬は、やんちゃな いたずら坊主の息子を心配する母親の顔になって、溜め息を一つ洩らした。
溜め息をつきたくなる気持ちもわかるけど、これは俺なりに真剣で重要で有意義な今年の目標なんだ。
氷河を変に刺激して我が身を危険にさらし、瞬に心配かけないための。
だから――俺も去年よりは慎重を心掛けるようにするから、今年もよろしく頼むぜ、瞬。






May this year be happy and fruitful for you.






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