翌日、瞬の切ない涙を無視して、氷河と一輝の“(可愛い)一輝ちゃん”騒動鎮圧計画は すみやかに実行に移された。
すなわち。
その日、氷河に弄ばれた(?)ショックで床に伏してしまった瞬の代わりに グラード学園高校に登校したのは、男の中の男にして、地上で最も男らしい男であるところのフェニックス一輝その人だったのである。

「あのー、君は誰ですか。そこは一輝ちゃんの席ですよ」
可愛い一輝ちゃんの席に、今時そんなものをどこで手に入れたのかと疑いたくなるような丈の長い学ランを身につけた、不気味な強面の男が ふんぞり返っている。
しかも、眉間には、どう考えても暴力沙汰で負ったものとしか思えない、旗本退屈男ばりの向こう傷。

あくまでもどこまでも下手したてに、極めて へりくだった態度で尋ねた“(可愛い)一輝ちゃん”ファンに対する一輝の答えは、
「俺は、貴様等のクラスメイトの城戸一輝だ。貴様なんぞに、一輝ちゃん呼ばわりされる筋合いはない!」
という、世にも恐ろしい声。
「いや、一輝ちゃんはもっと大人しそうで、楚々とした、可愛い女の子で――」
“(可愛い)一輝ちゃん”ファンが、それでも めげずに食い下がったのは、非常に勇気ある行動だったといえるだろう。
その勇気ある行動に与えられた褒賞は、
「なんだとっ! 貴様、この俺が女に見えるとでもいうつもりかーっ !! 」
という、天地を揺るがすような一輝の恫喝だったのだが。

「ひえぇぇぇーっ !!」
怒りに燃えた一輝の一喝に恐れ おののき、“(可愛い)一輝ちゃん”のクラスメイトたちは、全員が いったん廊下に避難した。
いったい何がどうなって こんなことになったのか。
その原因を突きとめるために、彼等が向かった教員室。
そこで、彼等は、担任教師に、眉間に向こう傷のある男の写真が貼られた城戸一輝の入学書類を見せられることになったのだった。
つまり、眉間に傷のある強面の男が3年Aクラスの教室にいることは、全く正しい事態だということを、彼等は知る事になったのである。

「僕たちは夢でも見ていたんだろうか……?」
“(可愛い)一輝ちゃん”ファンたちは、キツネにつままれた気分だったのだが、これが正しい あるべき現実と知ってしまった今、異議を唱えることもできない。
そもそも誰に異議を唱えればいいのかが わからない。

かくして、その日を境に、彼等の“(可愛い)一輝ちゃん”は、グラード学園高校から忽然と その姿を消してしまったのだった。






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