氷河と瞬、及び 黄金聖闘士たち、そして、教皇殿を宿舎として利用する可能性のある すべての者たちに、アテナから、問題の根本的解決法が提示されたのは、それから10日ほどが経ってからのことだった。 「教皇殿を利用する可能性のある人間って、当初の予想より はるかに多くて、数を揃えるのに ちょっと時間がかかってしまったのよ」 そう言って、アテナが総勢100人強の者たちに配った根本的問題解決グッズは、なんと“耳栓”だった。 「なんだよ、これ。耳栓ーっ !? 」 あまりに原始的な“根本的問題解決方法”に呆れた星矢が、素頓狂な声をアテナ神殿に響かせる。 瞬の『ああん』や『もう、だめっ』など聞き飽きて、ただの生活音程度にしか認識できなくなっていた星矢には、それは不要のものだったが、これで氷河と瞬の情事に慣れていない者たちからのクレームを一切 封じることができるようになるのかどうかということに関しては、星矢は少々懐疑的だった。 「こんなものをつけていて、そのせいで もし敵の侵入に気付かなかったりすることがあったら、どうするんです」 星矢同様、瞬の『いや、やめて』や『氷河、もっと』など聞き飽きて、春風の囁き程度にしか認識できなくなっていた紫龍が、全く別の視点から この“根本的問題解決方法”への不安を指摘する。 が、それに対するアテナの回答は、危険に思えるほど余裕と油断に満ちたものだった。 「そんな敵、音で侵入を気付かれる程度の者だということでしょう。私の聖闘士たちなら、眠ったままでも撃退できるはずよ。それに――」 「それに?」 知恵の女神の意味ありげな北叟笑みに引っかかりを覚えた紫龍が、アテナの言葉尻を捉えて反問する。 アテナは悪びれた様子もなく、『それに』の続きを紫龍と星矢に語ってくれた。 「100人に耳栓を配ったとしても、実際に装着するのは せいぜい1人2人のものだろうと、私は踏んでいるわ。耳栓を配るのは単なるクレーム封じよ。今日以降 氷河と瞬の件でクレームをつけてくる者には、なぜ耳栓を装着しなかったのかと問い質すことができるようになる。その理由を答えられない者たちは、氷河たちのあれにクレームをつけることができなくなるというわけ」 「それは――」 「氷河と瞬のことでクレームをつけてきた者たちは、瞬の声を聞きたくないからクレームをつけてきたわけじゃなくて、聞こえてくる音に聞き耳を立てずにはいられないから、音を消してほしいと言ってきただけのことなのよ。本当は聞きたくて たまらないでいるの。黄金聖闘士たちが、現場確認のためとか何とか理由をつけて、交代で教皇殿での寝泊まりを始めていたことからして、それは火を見るより明らか。どうして人間って、もっと正直になれないのかしら」 「……」 人間の不正直を けらけら笑う 正直な女神の前で、星矢と紫龍の顔が引きつる。 さすがは、愛を知る人間を愛してやまない知恵の女神、その人間洞察の深さは実に確かなものだった。 「まあ、その……なんだ。誰も耳栓をつけないだろうってことは、瞬には言わないでおいてやった方がいいな」 「そうね。瞬には、そう言っておいてあげた方がいいわね。この耳栓は超高性能で、1ヘルツから100キロヘルツ、1デシベルから1000デシベルの範囲内にある音は すべてシャットアウトされるとか何とか、言っておいてあげてちょうだい。人間の耳が聞き取ることのできる地上の音は すべて聞こえなくなるものだからって。みんなが自分の喘ぎ声に聞き耳を立てているなんて本当のことを知ったら、瞬は世を儚みかねないわ」 沙織が準備した耳栓は、実際は、超高性能どころか、超低性能の子供騙し程度のものなのだろう。 用意するのに時間をかけたのも 勿体をつけるため、あるいはプラシーボ効果に似た錯覚を誘うための策略であるに違いない。 無駄な支出を嫌うアテナのこと、事実はそんなところであるに違いなかった。 だが、これで瞬の喘ぎ声へのクレームがなくなるのは確実である。 なにしろ、人間というものは皆、自らの体面を保つため、もしくは社会の規律を守るため、極めて不正直に生きている生き物なのだから。 「瞬の気持ちが落ち着いてくれて、バトルに支障が出ることさえないなら、俺はそれでいいんだけどさー……」 それにしても、この問題の“根本的解決”とは、本当はどういったものなのだろう。 否、この騒ぎの“根本的問題”は、何だったのだろう? 夏の近付く聖域で、星矢は ふと そんなことを考えてしまったのだった。 Fin.
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