「いい夢は見れた?」 目覚めると、そこには 悪気でいっぱいのアテナの笑みがあった。 この人の悪気は実に得難い恩寵だと、氷河は思ったのである。 何はともあれ、彼女の悪気のせいで、自分は瞬を信じる心を取り戻すことができたのだから――と。 「すみません。お手数をおかけしました」 一応、神への敬意を表し、悪気でいっぱいの彼女に謝罪する。 「いい夢だったようね。よかったわ」 悪気でいっぱいの女神は、氷河と瞬の顔を順に覗き込んで、嬉しそうに微笑した。 「あなた方の本来の運命の恋の相手は誰だったのか、訊くことは無意味かしら?」 「おそらく。俺と瞬が運命の糸でつながっていても、つながっていなくても、結局 俺は、瞬といることを選んでいたはずだから」 それが、白い海のほとりで氷河が得た結論だった。 春の微風に触れただけでも切れてしまいそうなほど 頼りなく細い運命の糸。 ほとんどが白いままで消えていく運命の恋の糸。 あの糸は、人と人の出会いという奇蹟を支配するものなのかもしれないが、しかし、それはただそれだけのこと。 出会いの先に起こる出来事を支配するのは、出会ってしまった人間たちなのだ。 「僕たちは」 切れずにいるのが奇蹟に思えるほど細く頼りない糸に導かれて 氷河が出会った人が、切れずにいるのが奇蹟に思えるほど細く頼りない糸に導かれて出会った人に告げてくる。 「ん?」 出会うまでは、確かに あの運命の糸が必要だった。 だが、 「『俺は』じゃなくて、『僕たちは』だよ」 出会った二人を『僕たち』にしたのは、 「ああ、そうだ。僕たちは、だ」 決して、運命の糸の力ではなかったのだ。 瞬が氷河に求めてきた訂正は、氷河にとっても非常に快く、かつ有意義なものだった。 氷河はもちろん、瞬の訂正を即座に受け入れ、採用した。 そして、極めて的確な訂正を 実に可愛らしい様子で求めてきた恋人を、とろけるような目をして見詰めることになったのである。 「あーあ……」 どうせ こんな結末を迎えることになるのだろうと わかっていたのに、なぜこの二人の恋を本気で心配などしてやったのか。 二人の恋の行く末を案じ アテナまで引っ張り出してきた友情篤い仲間たちの姿は、今は 氷河と瞬の視界の内に入る余地もないらしい。 二人だけで幸せそうに見詰め合っている仲間たちの姿を眺めながら、星矢と紫龍は 自分たちの愚かさを心から悔やんでしまったのだった。 |