「氷河、どうしたの? 恐い顔して」 細く白い指で、瞬が俺の頬に触れてくる。 指だけでなく、瞬は、その腕も肩も白く細い。 だが、この白く細い腕は、純白で温かい見えない羽根を有している。 瞬の腕は、しなやかに強く、汚れを拒み続ける純白の翼だ。 その腕と身体を組み敷いている俺の翼が 純白であるはずがない。 純白でないことを、俺は知っている。 「ん? ああ、俺は おまえに受け入れてもらえたおかげで、黒鳥にならずに済んで幸運だったと思ってな。白鳥座の聖闘士が黒鳥なのでは、話にならない」 恐い顔は消し去ることができても、瞳の奥の漆黒の闇までは隠し切れないだろう。 俺を信じている瞬に、その闇を気付かせないために、俺は瞬の肩と その肩にかかる髪に 顔を埋めた。 「氷河は優しいもの。黒鳥になんて、なれっこないよ」 一瞬 びくりと身体を震わせてから、目で確かめなくても 微笑んでいるのがわかる声で、瞬が俺に囁く。 瞬には、それは 決して ありえない例え話でしかないんだ。 白鳥座の聖闘士の翼が黒いなんて話は。 あの時の俺の献身的な優しさを、瞬は、傷心の仲間の心身を気遣ってのことだったと信じている。 俺が、ただただ傷付いた瞬の心を癒したくて、瞬のために心を砕いていたのだと。 瞬は、仲間の心を疑いもしない。 瞬は、考えもしないんだ。 一輝が、瞬の優しい兄としてではなく、敵として俺たちの前に現われた時の俺の歓喜を。 一輝が死んだと思われていた間、今度こそ瞬の心は俺のものになると期待し、俺の胸が どんなに高揚していたかを。 瞬を自分のものにするために、俺が 仲間を気遣う優しい男を演じていたこと。 俺自身、それが演技だということを忘れてしまいそうなほど真剣に、自分が演じるべき役の中に没入していたことを。 瞬は、俺が黒鳥だったことを知らない。 瞬は信じきっている。 俺が最初から純白の翼を持つ白鳥だったのだと。 瞬に向けられる俺の優しさが、瞬に愛されている一輝への憎しみや妬みから出たものだった事実――それは事実だ――に思い至りもせずに。 もちろん、俺は、その事実を瞬に告白する気などない。 そんなことをしても、瞬に つらい思いをさせるだけだろうし、俺は、瞬を苦しめ悲しませないためになら、墓場まで持っていく嘘の一つや二つ、重荷とも思わない。 『僕だって、黒鳥になれるんだ』 『そうだね。僕は身を引くだろうね……』 瞬が黒鳥の心を真に理解する日は永遠にこないだろう。 瞬は、どこまでも純白の白鳥であり続ける。 瞬が その瞳を濁らせる時は永遠にこない。 俺が守り続ける。 白い翼の下に黒い羽根を隠して。 やっと手に入れたこの瞳を、俺は手放すことはできない。 それは、俺の死を意味しているから。 「おまえが俺の側にいてくれれば、俺はいつまでも白鳥のままでいられるな」 それが、『俺を黒鳥にするな』という脅しだということに、瞬は考えを及ばせもしないだろう。 「それは……氷河が そう望んでくれるのなら、僕は いつだって、いつまでだって――」 あの つらかった時を 共に二人で耐えたから、俺たちは結ばれたのだと、瞬は信じている。 頬を僅かに上気させ、瞬は 俺たちが今 幸せでいることを はにかむような笑みを浮かべた。 「俺はいつでも それを望んでいるし、いつまでも望み続けるだろう」 生まれた時から純白の翼を持つ白鳥だった振りをして、俺は瞬に微笑み返した。 Fin.
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