戦いの報酬






グライアイの3魔女たちからメデューサの居場所を聞き出して、彼女等の住み処である暗く不吉な洞窟の外に出た時だった。
ヒョウガが陽光の眩しさに目を細めるより先に、
「どうして、こんなところに人間がいるの!」
という、やたらと元気な声が彼に襲いかかってきたのは。
もっとも、なぜこんなところに人間がいるのだと責めるようにヒョウガを怒鳴りつけてきた“もの”は、どう見ても、ヒョウガより こんなところにいてはならない“人間”に見えたのだが。

若い、10代半ばの少女。
それも かなりの美少女。
もし その美少女が にこやかに微笑んでヒョウガに近付いてきていたなら、彼は即刻 それを、たった今 自分に散々な目に合わされた魔女たちが報復のために作り出した幻影だと思っていただろう。
その美少女が形の良い眉を吊り上げて自分を責めてきたから、ヒョウガは彼女を生身の人間だと信じることができたのである。
男勝りで気の強そうな美少女。
実際、彼女は男のなりをしていた。
そして、実に堂々と、その健やかで なめらかな手足を本物の男であるヒョウガの目にさらしていた。
その美少女が、出来の悪い悲劇を観せられて立腹しながら劇場から出てきた観客のような目で、ヒョウガを睨んでいる。

「まさかとは思うけど、あなたもメデューサの居場所を探るために、ここに来たの?」
「その通りだが」
「それって、エティオピアの王女を救うため?」
「まあ、そうだ」
「居場所は聞き出せたの?」
「なんとか」
「どうして、僕より先に そんなことをするの! そんなの困るんだから!」
「困ると言われても――」

そんなことを言われても、困るのはヒョウガの方だった。
そもそも、メデューサの首を手に入れてエティオピアの王女を救う冒険に挑むのに、守らなければならない順番があるなどという話を ヒョウガは聞いていなかった。
よしんば その順番を守って この美少女を先に魔女の洞窟に入れてやっていたとしても、この美少女が目的を達成できていたとは考えにくい。
美しい自分の姿を見慣れている この美少女は、目も歯も持たない不気味な魔女たちの姿を見て卒倒するのが関の山だろう。
そう、ヒョウガは思ったのである。

だが、彼女は そうは思っていなかったらしい。
彼女は まるで、本来その情報は自分が獲得するはずのものだったと信じきっている口調で、居丈高に、
「じゃあ、あなたがグライアイの魔女たちから聞き出したメデューサの居場所を僕に教えて!」
とヒョウガに命じてきた。
なぜ そんなことを、今日初めて出会った少女に命じられなければならないのか、ヒョウガには とんと合点がいかなかったのである。
「なぜ俺がそんなことをしなければならないんだ」
「あなたより先に、僕がメデューサの首を手に入れるために決まってるでしょう!」
そんなことも わからないのかと言うように、少女の口調は苛立っていた。
だが。

もし、この少女がメデューサの首を手を入れて為そうとしていることが ヒョウガの目的と同じなら、それは全く意味のないことである。
(美)少女は、エティオピアの王女を妻にすることは、(普通は)できないだろう。
ヒョウガは、本気で彼女の考えが わからなかった。
「おまえ、俺が教えると思うか?」
「教えてもらわなきゃ困ります」
「俺は困らん」
「どうして、そんなに意地悪なの!」
どうして そんなに偉そうなのだと、ヒョウガの方こそ彼女に問いたかった。
少女は かなり せっかちな性格らしく、ヒョウガが そう問う前に次の行動に出ていたが。
つまり、
「いいです。あなたがそんなに意地悪するなら、僕が自分で訊いてくるから!」
と言い置いて、彼女は グライアイの魔女のいる洞窟の中に入っていこうとしたのである。
ヒョウガは 慌てて その腕を掴み、彼女を引きとめた。

「やめておけ。今、その中に入るのは危険だ。俺に散々 こけにされて、今 グライアイの3魔女の機嫌は最悪だ。今 洞窟の中に入っていけば、おまえは十中八九、凶暴になった魔女たちに捕まって、湯の煮えたぎった鍋の中に その身体を放り込まれ、魔女たちの昼飯にされてしまう。おまえ、武器らしい武器も持っていないじゃないか」
せっかくの美貌を、そんなことで この地上から消し去ってしまうのは、あまりに勿体ない――というのが ヒョウガの本心だったのだが、彼女は 自分の美貌にあまり頓着していないらしい。
ヒョウガに掴まれた手を振りほどいて、彼女は再び洞窟の中に入っていこうとした。
「あなたが教えてくれないんだから仕方ないでしょう! メデューサの居場所を聞き出すだけなんだから、武器は必要ないよ!」
と、ある意味、非常に理に適った反論を口にして。

ヒョウガが驚き呆れたことに、彼女は全く本気のようだった。
本気で、自分は魔女の犠牲にはならないと――容易に自分の目的を達することができると――信じているようだった。
これを豪胆と言うべきか、無謀と言うべきか。
自分は、この少女に比べたら はるかに小心で臆病な人間なのに違いないと、ヒョウガは胸中で思ったのである。
少なくともヒョウガは、この か弱い少女が魔女の許に行くのを黙って見送る豪胆さは持ち合わせていなかった。
とにかく、彼女を引きとめなければならない。
ヒョウガは、彼女に妥協案を提示した。
なぜ俺が妥協しなければならないのだと、自分自身に少々腹を立てながら。

「おまえがメデューサの首を手に入れようとしている理由を話してくれたら、その内容によっては教えてやらないこともない」
洞窟の入口で、美少女が僅かに首を傾けて、何事か考え込む素振りを見せる。
やがて彼女は、洞窟の入口に背を向けて、ヒョウガの方に とことこと戻ってきた。
「そうですね。その方が手っ取り早いし、あなたも無駄な危険を冒さずに済んで、一石二鳥ですね」
彼女が考え直した理由が『本当は恐いから』ではないらしいことに、ヒョウガは、複雑な思いの入り混じった嘆息を洩らしたのである。
心から感嘆し、疲れて。






【next】