瞬がついに再会できた兄の裏切りに傷付き嘆いている時には 既に、氷河の恋は始まっていた。
兄無しでは生きていることもできないような柔弱で泣き虫の子供だった瞬が、もしかしたら死別より つらい兄の離反に耐え、なおも兄を諦めきれず足掻く様が、壮絶なほどに美しく健気で――この人間の心を自分に向けたいと、氷河は願った。
この心に愛されたなら、自分はどれほど幸福な人間になれるだろうと思った。
この心を幸福と微笑でいっぱいにしてやれたなら、自分の心もまた幸福と微笑で満ちることになるだろうと確信した。

それは、初めから恋だった。
だが氷河は、瞬の身に降りかかった不運と不幸が 自分に恋という喜びを運んできた事実を 瞬に告げるわけにはいかなかったのである。
それは ある意味 冷酷なことで、瞬には決して快い話ではない。
むしろ瞬は、人の不幸から恋を生む白鳥座の聖闘士を嫌悪するようになるかもしれない。
そんな事態を、氷河は絶対に避けなければならなかった。

だから――その事実をひた隠し、氷河は、戦いの中で 瞬への友情や感謝の念が恋情に変わっていく振りをしたのである。
十二宮の戦いで 紫龍と瞬が近付き惹かれ合う可能性などなかったのだと 仲間たちに示すように、その可能性を白鳥座の聖闘士が奪ったことを 仲間たちに気取られぬように、十二宮の戦いは白鳥座の聖闘士の中にアンドロメダ座の聖闘士への恋を生むために起きた戦いだったのだと 仲間たちに見せつけるように――氷河は慎重かつ大胆に振舞った。
すべてが自然な流れだったのだと周囲に思わせ、そして、時が あの日に戻った時、氷河は瞬に告白したのである。
それが自然な――運命だったふうを装って。
「瞬。俺はおまえが好きだ」
――と。

「氷河……」
紫龍に好きだと告白された時にも、こうだったのだろうか。
瞬は、その頬をほのかに朱の色に上気させ、氷河の前で 困惑したように幾度も仲間の顔を覗き込んでは視線を逸らすことを繰り返した。
そして、瞬は、頬を火照らせたまま、何も言わずに氷河の前から駆け去った。
氷河は、だが、どんな心配もしていなかったのである。
瞬が何のために、誰の許に向かったのかを、彼は知っていたから。






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