瞬は、その手紙に見覚えはないか、受け取る心当たりはないかと、性別、年齢、職種を問わず、城戸邸で働く すべての使用人に聞いてまわったらしかった。
城戸と直接 契約を交わしていない委託業者や下請け会社に所属する造園師、家屋調査員等、ここ数日の間に城戸邸に出入りした すべての人間に。
星矢の留守中 星の子学園の子供たちが彼を訪ねてやってきて、星矢の不在を知ると そのまま帰っていったという話を守衛から聞くと、星の子学園にまで赴いて 子供たち全員に聞き取り調査をすることまでしたという。
最初のうちは、自分が詰まらない冗談を言ってしまったせいと少々 責任を感じていた星矢も、そこまでする瞬の執念と根性に、やがて呆れ果ててしまったのである。
宛名の書かれていない手紙が見付かってから既に5日。
問題の手紙は、相変わらず封も開けられないまま、城戸邸ラウンジのテーブルに置かれている。
それで何の不都合もトラブルも起こっていないのだから、その手紙が 緊急性のある重要な用件が記されたものではないことは わかりきっているというのに、瞬は あくまでも どこまでも必死なのだ。

「放っときゃいいのに。宛名を書き忘れる奴がトンマなだけなんだから。今更、名乗り出ることもできなくて黙秘権行使してるだけかもしれないのに」
「ラブレターと聞いて、放っておけなくなったんだろう」
「なんでだよ。決闘状なら、手紙に書かれてる日時に 指定された場所に行かなかったら、臆病者呼ばわりされるけど、ラブレターなら そんなことないだろ。本気でラブレターだと思ってるのなら、なおさら放っときゃいいじゃん」
星矢の意見は至極尤も。
だが、全く色気がない。
あまりに星矢らしすぎる その意見に、紫龍は苦笑を禁じ得なかった。

「瞬は恋でもしているんじゃないのか? それで身につまされて――」
「えっ」
「いや、まあ、それは考えすぎとしても……。業者からのダイレクトメールなどとは話が違うからな。あの手紙には、手紙を書いた人間の心が込もっていると、瞬は思っているんだろう」
「それはまあ、瞬らしいことだけどさ。そんなに心のこもった手紙だと思ってんのなら、瞬は勝手に封を切って中身を盗み読みすることもできないだろ? どうしたって、差出人も受取人も わかるわけないじゃん」
「そうだな。沙織さんが聖域から帰ってきたら、沙織さんの権限で、鑑識用のカメラで中身を透視してもらうくらいのことはできるだろうが、そういうことには沙織さんも硬いところがあるから、そもそも透視の許可をもらえるかどうか……」
「だよなー」

そうして結局、手紙の差出人にも受取人にも辿り着けず、瞬が自身の無力に落ち込むようなことになったら、今度は瞬の仲間たちが瞬を慰めるために四苦八苦することになる。
そのこと自体は構わないのだが、星矢は、誰のものとも知れぬ一通の手紙のせいで落ち込みの淵に沈んだ瞬を、その淵から引き上げてやることのできない無力感に 自分が苛まれるのは嫌だった。

現代の科学力をもってすれば、封を切らずに 問題の手紙の内容を知ることは可能。
だが、へたをすると信書開封罪で訴えられかねない その行為に、はたして沙織は許可を与えてくれるかどうか。
宛名のない手紙の謎解明の焦点が そういう方向に向かいつつあった時。
科学の力も裸足で逃げ出すほど驚異的な力が、その問題を根本から覆す大事件が起きたのである。
その驚異的な力とは、一人の年若い女性の怪力――新米メイドの粗忽という強大な力だった。
瞬が宛名の書かれていない手紙を発見してから6日目の午後。
謎の手紙は、城戸邸の新米メイドによって あっさり開封されてしまったのである。






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