「そんな前世が何だっていうんだ!」
意図せず 瞳から あふれ出てしまった涙のせいで、結局 瞬は自分が氷河との間に冷たい壁を築かないわけにはいかなくなった訳を、氷河に白状させられてしまったのである。
その訳を聞くなり、氷河は今度こそ、瞬が当初 予想していた通りの怒りと怒声を瞬にぶつけてきた。
「それは いったい いつのことだ! 1000年前か !? 2000年前か !? なぜ俺が そんなことのせいで、今の恋と幸福を諦めなければならないんだ!」
「氷河……」
「そもそも それは俺たちが出会った唯一の前世なのか? もしかしたら、別の前世で、俺が一輝の命を救ったことがあったかもしれないじゃないか! おまえが一輝の命を守ったことだってあっただろう。もしそうでなかったとしても、どうして 今のおまえが過去の自分のしたことに責任を負う必要があるんだ。今のおまえと 一輝を死なせた前世のおまえは 全く違う人間だろう。おまえが、一輝に負い目を感じる必要はない。詫びる必要も、罪を贖う必要もない。ハーデスに見せられた前世の記憶とやらが真実で、今のおまえが 一度死に、生まれ変わったおまえなんだとしても――おまえは、人が前世の記憶をすべて忘れて生まれ変われることの意味をわかっているのか!」

『わかっているのか』と問われれば、瞬は『わからない』と答えるしかなかった。
ただ、自分が自分の恋のために兄を死に追いやった記憶が、自分のものとして自分の中に存在するのは事実なのである。
肉体が違っていても、記憶は 一人の人間のそれとして繋がっているのだ。
「だって、僕、憶えてるんだもの……。僕は思い出してしまった。そして、忘れることができない。どうしようもないんだ。僕は自分を許せない。僕は 自分のために兄さんを殺し、氷河を殺し、その報いを受け、自分も死んだ。僕は そういう身勝手な人間なんだ。そんな僕が、生まれ変わったからって、今更――」

氷河と結ばれることはできない。
幸福になることはできない。
自分は、同じ過ちを繰り返さないとは言い切れない。
氷河を不幸にしてしまうかもしれない。
そして、罪は贖われなければならない。

自分が犯した罪を贖うこと。
瞬には、自分が再び命を授かり、今 ここに生きて存在する理由も、今の自分がすべきことも、今の自分にできることも、ただ その一事にあるのだとしか思えなかった。






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