瞬が精一杯の勇気を振り絞って、再び立つことになった光あふれる世界。
瞬が生まれた町の住民は、瞬を憶えていた。
彼等は、瞬の姿を見ただけで、瞬が何ごとかを口にする前に、手にしていた武器と 胸中に巣食っていた すさんだ気持ちを捨ててしまった。
瞬の姿を見るなり、彼等は平穏を求める人間たちに変わってしまったのである。
その豹変振りは、もしかしたら彼等は、瞬を取り戻すために わざと戦いを始める振りをしていたのではなかったかと疑いたくなるほどに速やかで鮮やかなものだった。
瞬が力を失っていなかったのか、瞬の姿を認めることによって蘇った 彼等の中の平和の時の記憶が、彼等から戦いに向かう心を消し去ってしまったのかは、氷河にはわからなかったが。
アテナの命令を遂行でき、無益な戦いが回避され、瞬が自分の側にいてくれさえするのなら、そんなことは氷河には どうでもいいことだった。

地上に戻っても、瞬は相変わらず自分の美しさを信じようとはしなかった。
鏡で自分の姿を見ても、瞬は、「氷河の方が綺麗」と言い張り続けた。
人間が人間の美醜を判断する時、その判断に最も強い影響力を及ぼすのは 個々人の経験と心情、価値観なのだから、そういうこともあるだろう。
そう考えて、氷河は、瞬に瞬の美しさを認めさせようと努力することを早々に放棄してしまったのである。

目を閉じて、「おまえは綺麗だ」と告げる時だけ、瞬は嬉しそうに素直に 自分から その身を氷河の胸に預けてきてくれる。
氷河には、それで十分だった。






Fin.






【menu】