「なぜだ !? なぜ、瞬の心が読めないんだ! 瞬の心だけが、なぜ読めないんだ!」
瞬の心を読めないからといって、瞬を責めるわけにはいかない。
完全に想定外の展開に驚愕し、慌て、混乱した氷河が、その驚愕と焦慮と混乱をぶつける相手は、もちろん彼の仲間たち――星矢と紫龍だった。

瞬の心を知るために、アテナに無理を言って その力を手に入れたというのに、瞬の心だけが読めない。
その事態に憤り 怒声を張りあげてくる氷河に、星矢と紫龍は、まず深く大きな溜め息を返した。
他の人間の心は読めるのに 瞬の心だけが読めないというのは 確かに奇妙なことだが、そもそも 人の心を盗み見るような その力は、氷河が手に入れていい力ではないのだ。

「瞬は 心を無にしてんじゃねーの? 魔鈴さんがアステリオンに勝った時も そうだったぜ」
「瞬が なぜそんなことをする必要があるんだ! だいいち、瞬は、俺がテレパシー能力を身につけたことを知らないはずだ。おまえらが瞬に告げ口していない限り」
氷河に露骨に疑いの目を向けられた星矢は、不愉快そうに口をとがらせることになったのである。

「告げ口なんかするかよ! 俺たちは、瞬にも誰にも、おまえの力のことは言ってない。言えるわけないだろ。仮にもアテナの聖闘士が、同性との恋を実らすために、つらい修行に耐えもせず、んな力をもらってきたなんて、仲間として恥ずかしいじゃないか! 俺たちは、おまえと違って、恥ってもんを知ってんの!」
氷河に怒鳴り返してくる星矢の思考と発言は、見事なまでに一致していた。
そして、
「瞬は、おまえに対して心を閉ざしているのではないか?」
と、氷河に一つの可能性を提示してくる紫龍の言葉と思考も、完璧に同一のものだった。

紫龍の言葉にショックを受け、氷河は その場に呆然と立ち尽くしてしまったのである。
もし星矢と紫龍に 氷河の心を読む力があったなら、彼等はそこに、『がーん』という極太の角ゴシック体の書き文字を見い出していただろう。
ついに瞬の気持ちを知ることができるのだと確信していただけに、目的を達成できなかった氷河の落胆と失望は大きかったのだ。

仲間たちの根拠のない放言に 氷河が いかなる反撃をも試みず 黙り込んでしまったことに、氷河を襲った衝撃の大きさを見てとって、紫龍と星矢は 慌てて白鳥座の聖闘士の心の慰撫に努め始めたのである。
氷河の思考や感情がマイナス方向に向かうと、彼の小宇宙は 聖域に春がやってくることを阻害しかねなかったから。

「あ、いや……ハーデスのことがあるからな。瞬の心は部分的に神のようなものになってしまっているんじゃないか? おまえに その力をくれた蛇は、神の心を読むことはできないと言っていたんだろう?」
(瞬は、人を傷付けることを極端に恐れている人間だが、自分が傷付くことを恐れるような人間ではない。むしろ、自分が傷付くことを 贖罪と考えている きらいさえある人間だ。仲間はもちろん、敵に対してですら 自分の心をさらけだして戦っているような瞬が、氷河に心を閉ざしているというのは考えにくいんだが……)

「神でなくてもさ、瞬は鉄壁の防御力を誇る聖闘士なんだ。その力で、身体だけでなく心も守ってるってことも考えられるぜ」
(悪い奴じゃないんだけど、氷河って、ほんと面倒な奴だよなー。心を読もうなんてこと考えずに、言葉で瞬に訊く方が絶対 てっとり早いし、正解を手に入れられるのに」

星矢と紫龍の思考は、その発言とは微妙に内容が異なっていた。
ただ、彼等が白鳥座の聖闘士の恋の行く末を、彼等なりに案じてくれていることは、氷河にもわかったのである。






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