「俺が島に着いた時には既に、あの工場では相当量の枯葉剤ができてしまっていたんだ。あとはミサイルにセットするだけという状況だった。作った奴をふん掴まえて確認したら、空中に洩らさず 地下に埋めてしまえば、島の自然を汚染することなく50年ほどで効力を失うという話だったから、応急措置として、薬品が収められている大金庫ごと兵器工場を地中に埋めてしまおうと思った。俺が工場を半壊させたあたりで、あの施設にいた奴等はほとんど逃げ出してしまっていたんだが、銃を持っている奴が2、3人いて、そいつらが俺に向かって撃ってきた。俺は検査用に枯葉剤のサンプルを1ケース持ち出そうとしていて――ケースに弾が当たったら 事だからな。ケースを身体で庇って、肩を撃たれた」 さすがはアテナの聖闘士というべきか、銃弾は貫通していたにしても 肩を撃ち抜かれ、その上 1週間近く 氷点下15度以上には気温の上がらない屋外で、雪以外の飲食物を腹に入れずにいたというのに、搬入先の病院で点滴を数本打っただけで、氷河は口をきけるところまで回復した。 「枯葉剤のサンプルが入ったケース? それはどこにあるんだ。まさか弾が当たって中身が外に洩れたというようなことは――」 氷河の説明を聞いた紫龍が、仲間の身を案じるより先に、サンプルの入ったケースの行方を尋ねたのは、決して彼が情の薄い人間だったからではなかったろう。 枯葉剤は、その成分や濃度にもよるが、人体に吸収されれば 致命的といっていい遺伝子破壊を起こす、ものによっては放射能より サンプルケースの行方を心配することは、氷河の身を案じることでもあった。 「守り抜いた。あれが外に洩れたら、この島も死ぬだろうが、ケースを持っている俺が いのいちばんで遺伝子破壊の犠牲者になるからな。心配はない。あとで沙織さんに知らせてくれ。俺が倒れていた場所から北東に50メートルほど離れた場所に、氷づけになって埋められている」 「そうか。おまえの氷に守られているのなら、まず安全だな。よかった」 そう呟いて安堵の息を洩らした紫龍は、しかし、氷河が横になっているベッドの枕元で泣きそうな顔をしている瞬の様子を認め、この状況は少しも 大きな心配事を一つ片付けた彼は、改めて その眉をつり上げ、氷河を睨みつけた。 「普通の人間なら、四肢すべてが壊死して切断することになっていただろうと、医者が言っていたぞ。まあ、普通の人間なら、それ以前にとっくに昇天していただろうがな。なにしろ、夜には氷点下25度にもなる極寒の楽園で1週間近く のんびり野宿をしていたんだから」 紫龍の嫌味な叱責で、やはり ここは氷河を責めていい場面なのだと心を安んじた(?)らしい星矢は、喜び勇んで氷河を責め立て始めた。 「この、ど阿呆! あと1日発見が遅れてたら、おまえでも死んでたぞ、確実に」 「まったく、無茶にもほどがある。複数の一般人相手の戦闘が いちばん面倒だということは、聖闘士なら誰でも知っていることだ。一人でどうにかできると思っていたのなら、おまえは どうしようもない愚か者だぞ」 「ここにいた奴等をどうこうするつもりはなかったし、工場を使い物にならなくするだけなら、1時間もあれば 何とかなると――」 「お、生意気に口答えしてきやがった。おまえ、自分が俺たちに反論できる立場にあると思ってんのか」 「おまえらを呼ぶほどのことじゃないと思ったんだ。一人で破壊できると思った」 「ああ、見事に破壊したよな。おまえ自身も ぶっ倒れちまったけど。どーして、おまえは、いつもいつも 後先を考えないで行動するんだよ!」 「星矢に言われるようでは、キグナス氷河も おしまいだな」 「それ、どういう意味だよ! 紫龍、おまえ、どっちの味方なんだ !? 」 思いがけない仲間の裏切りに会って、星矢が不愉快そうに頬を膨らませる。 何はともあれ、また こうして仲間同士で 星矢の威勢のいい怒鳴り声は、はっきりと そう言っていた。 紫龍が、星矢の詰問に、涼しい顔で、 「俺は、正しく善良な者の味方だ」 と答える。 そうして、彼は、瞬の方に視線を巡らせた。 「瞬。二度と こんな無茶はしないように、氷河を諭してやれ。まだ 万全ではないから、優しくな」 「優しくしてやる必要なんかないぞ! この馬鹿たれのせいで、おまえが この数日 どんだけ心配してたのか、嫌になるほど詳しく教えてやれ!」 それが、氷河には いちばんきつい一撃だったらしい。 ベッドから起き上がることもできない状態でいるにもかかわらず、星矢たちの叱責に言い返すことをしてのけていた氷河は、星矢と紫龍に そういう責められ方をされて、やっと自身の無謀を反省する気になったようだった。 「すまん」 瞬を見詰め、氷河が、氷河にしては殊勝な口振りで、正しく善良な者に謝罪する。 氷河を見詰め返す瞬の瞳は、涙で潤んでいた。 「どうして、こんな無茶するの。氷河は僕たちは頼りにならないと思ってるの。僕たちを信じてないの。心配させないで。星矢たち、この数日、本当にろくに眠らないで氷河を捜してくれてたんだよ……!」 そう言う瞬の目も真っ赤だった。 眠らずに氷河を捜していたからというより――瞬は この数日 泣きながら氷河を捜し続けていたのだ。 そんな瞬を見て、氷河が つらそうに顔を歪める。 「おまえたちが頼りならないと思っているわけでも、おまえたちを信じていないわけでもない。そんなことがあるはずがないだろう。兵器が完成しているのなら、対応は急いだ方がいいと思ったんだ。一人で終わらせることができると思った。ただ、それだけだ」 「氷河……」 「すまん。おまえに心配をかけたことは悪かったと思っている。許してくれ」 「氷河が……生きててくれさえしたら――」 死なずに仲間の許に戻ってきてくれたから 許すこともできるのだと、瞬は氷河に告げたつもりだった。 だから、もう こんな無茶はしないでほしいと。 だが、氷河は、その言葉通り、“瞬に心配をかけたこと”だけを悪いと思い、反省していたらしい。 つまり、“自分が無茶な行動をしたこと”自体は、悪いことだと思っていなかったらしい。 ルドルフ島での騒動が一段落し、以前のように動けるようになると早速、氷河はまたしても無茶なことをしでかしてくれたのだった。 |