その釈然としない気分の原因を解明することができればと考えて、星矢は、翌朝 アフリカに発とうとしている瞬をエントランスホールで捕まえ、再び尋ねてみたのである。
「おまえがアフリカに行くのは、氷河のせいなのか」
と。
瞬は、
「氷河のせいじゃない。氷河のためだよ」
と答えてきた。
氷河の名前が出てきたことで、こうなった事情が仲間たちに知れたことを察したのだろう。
瞬は自分のアフリカ行きの原因が氷河にあることを否定はしなかった――肯定した。

「氷河のせいじゃなく、氷河のためってことは、氷河をヘンタ――いや、異常だと思いたくないとか、そういうことなのか?」
「え?」
ふいに氷河の名を出されても慌てた様子を見せずに落ち着き払っていた瞬が、一瞬 自分が何を言われたのか わかっていないような顔をする。
それから しばし顔を伏せ何事かを考え込む様子を見せ、次に瞬が顔を上げた時、その顔には自然と作為の中間にあるような、実に微妙な微笑が浮かんでいた。

「なに言ってるの。氷河が僕を好きだなんて、それは氷河の勘違いか錯覚で……僕がアフリカに行くのは、氷河が冷静になる時間を持てるようにと考えてのことだよ。あり得ないことなんだから。氷河が僕を好きだなんて」
「おまえが、そういう意味で氷河を好きになることも あり得ないことなのか」
「あ……当たりまえでしょう。僕は男なんだから――聖闘士なんだから」
「今時、性別とか職業とかが恋の障害になることもないと思うけどなー」
瞬の前で星矢が そうぼやいたのは、彼が同性同士の恋を奨励しているからでは決してなかった。
星矢はただ、そういうことに全く屈託がなかったのである。
星矢の中にあるのは、仲間が失恋で落ち込んでいるよりは、恋が実って楽しそうにしていた方がいい――という自然な(?)思いだけだった。

「だとさ。氷河、おまえ、諦めつくかー?」
星矢が後ろを振り返り、エントランスホールから各棟に続く廊下の出入り口に立っている氷河に、大声で尋ねる。
星矢が呼んだわけではなかったのだが――おそらく、彼は 陰ながら(?)瞬の出立を見送ろうとしていただけだったのだろうが――氷河は、ひどく暗い顔をしていた。
自分の恋の成就の可能性がないことを、彼が恋する当人に はっきり言われてしまったのだから、氷河の表情が明るいものでないのは当然のこと。
そして、自分が仲間の希望を完全に打ち砕いてしまったことを知った瞬の頬が真っ青になってしまったのも、また自然なことだったかもしれない。

平和なアフリカのサバンナで 冬眠から目覚めたばかりの飢え渇いたシロクマに出会ってしまった人間のように 強張った顔で、瞬は少しずつ後ずさりを始めていた。
「ここまで はっきり断言されちゃ、本気で見込みなしかもなー……」
そうして、追いかけてくる星矢の呟きを遮断するように玄関のドアを 彼らしくなく乱暴に閉じ、瞬は城戸邸を――日本を――出ていってしまったのである。






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