- II -






瞬が軟禁されたのは チェイテ城の3階にある部屋。
チェイテ村と その隣り村の両方を眼下に見下ろすことのできる方向にベランダがある部屋だった。
扉の前に立つ巨人も、ベランダから庭までの高さも、アテナの聖闘士である瞬には、通せんぼをする子供の手ほどの障害にもなり得ないものだったのだが、氷河がカタリン夫人に どういう扱いを受けているのかが気になって、へたに動くことができない。
夕陽が射し込み始めた部屋の中で、どうしたものかと考えあぐねているところに、氷河がベランダから飛び込んできた。

「俺にあてがわれた部屋より豪華だ。金をかけて趣味を悪くしている。だが、この厚遇は、おまえにはむしろ不運か」
「氷河……!」
どうやら氷河は――氷河も――この城のどこかの部屋に軟禁されているだけだったらしい。
幽閉、拷問等、最悪のパターンを案じていた瞬は、氷河の無事な姿を見て、瞳を輝かせた。
そんな瞬に、氷河が その手で声を潜めるように合図してくる。
瞬は、氷河の指示に従い、音を立てずに彼の胸の中に飛びついていった。
氷河が、瞬の身体抱きとめ、その髪に唇を押し当ててくる。

「うまく入り込めたな。あの女が吸血鬼の正体なら、この城に女が一人 囚われているはずだ。どうせ 今夜は一緒に寝ることはできないだろうから、夜が更けたら、城内を探ってみる」
「氷河は この城のどのあたりに閉じ込められてるの」
「ここより更に上の階だ。あの女には、俺よりおまえの方が重要らしく、俺の部屋には見張りはついていない。扉に意味のない鍵はかかっているがな。おまえがここで大人しくしていれば油断して、俺の方には あまり気をまわさないだろう。あの女は、自分の懐に飛び込んできた最高の美少女を、死んでも逃がしたくないと思っているようだ」
「その美少女っていうの、やめてよ。馬鹿にされているみたいで、気分が悪くなるから」
「その調子で怒っていれば、こんな部屋ででも何とか眠れるだろう。それでも眠れなかったら、硬く目を閉じて、これまでの俺との夜を思い出していろ」

この狂気の部屋で恋人が不眠に悩まされることを案じて、氷河が わざと軽口を叩いてくれていることは わかっていたのだが――むしろ わかっていたからこそ――瞬は心配だった。
「カタリン夫人も魔女も巨人も、普通の人間だよ。とても胡散臭いけど。気をつけて」
その気になれば 一瞬で この城を半壊状態にすることもできるアテナの聖闘士に、瞬が『気をつけて』と言うのは、もちろん、無意味な破壊や殺傷をしないようにという忠告である。
氷河は――氷河も――瞬が何を案じているのかがわかっているから、その顔に苦笑を浮かべた。

「愛してるぞ、瞬」
非常事態、緊急事態でないと、口にすることを許してもらえない その言葉を、氷河が瞬の耳許で囁く。
「恥ずかしいから、そんなこと言うのは やめてってば」
「やめろと言われても事実だからな」
そう言って、氷河が再び ベランダに出る。
軽く跳躍して上の階のベランダの手擦りに取りついた氷河を見上げ、瞬は、
「氷河、気をつけて」
と、もう一度 念を押した。
「了解」
あまり信用ならない氷河の答えが瞬の耳に届けられた時には既に、氷河の姿は瞬の視界の外に消えてしまっていた。

その時まで、氷河は いつもの氷河だったのである。
アテナの聖闘士としての自覚に欠け、むしろ瞬の恋人としての役目を優先させる、いつも通りの氷河。
氷河がいつもの彼らしくなくなったのは、その翌日。
彼がチェイテ城の探索を開始した、その夜以降のことだった。






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