たとえば、一つの罪を償うため、一つの迷いを取り除くため、八方ふさがりの事態を打開するため―― 一つの事象に対して下される神託は、ただ一つである。
神が人間に下す場合も、人間が神に問い求める場合も、神託は ただ一つしか与えられないというのが、これまで破られたことのない慣例だった。
その慣例を、あえて神々が破る。
いったいエティオピアは神々に対して、世界に対して、それほどのことをされる どんな罪を犯したというのか。
誰にも思い当たることがないだけに、第二の神託は、エティオピア王宮と国民に大きな混乱と戸惑いを運んできた。

「神託に従うかどうかより、なぜ そんな神託が下されることになったのかを調べた方がいいな」
それは 氷河王子にしては極めて常識的な意見だったが、あいにく、エティオピア国王は常識的なことは既に ひと通り済ませたあとだった。
一輝国王が、常識的なヒュペルボレイオスの王子の前で力なく首を横に振る。
「神託を仰いだが、神々は答えてくれなかった」
「俺が聞いてくる」
「無駄だ。神々は、エティオピアに その理由を知らせるつもりがないんだ。神々が一度そう決めたら――」
「無駄かどうかは、試してみなければ わからんだろう。俺はエティオピアの人間ではないから、神々も違う態度を示してくれるかもしれん。このままでは、何度 俺が怪物を倒しても、瞬は自分の権利を取り戻せない」

『その権利で、瞬はおまえを拒否しようとしているのだぞ』と言いかけて、一輝国王は結局その言葉を口にすることはしなかった。
氷河王子の言う通り、エティオピア以外の国の者に対してなら 神々も その問いかけに答えてくれるかもしれないと期待したからではなく、瞬王子の権利を取り戻すことが自分の不利益につながることを知りながら あえて その謎を解こうとする氷河王子の馬鹿さ加減に感じ入ったからでもなく、瞬王子の瞬王子らしからぬ言動が解せなかったから。

他国の人間として神託を仰いでくるとエティオピア国王に告げる氷河王子を、瞬王子は、命も感情も持たない人形のように無感動な目で見詰めている。
氷河王子は、そんな瞬王子と一度も目を合わせることなく、彼にしては元気のない足取りで、エティオピアの王城を出ていった。






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