「ほとんど同じ夢なのに、よく あれほど違う解釈を思いつくものだ」
「ほんっとに いい加減だよなー。別々に聞いてたら、どっちも それらしく聞こえるけど、氷河には『瞬に愛想を尽かされるのを恐れているんだ』で、瞬には『言いたいことを言わずに、うじうじしているせい』かよ。おんなじ夢なのに、氷河の夢は 瞬に殺されるのを恐がってる夢で、瞬の夢は 自分を殺したがってる夢だって言ってるわけだろ。真逆とまでは言わないけど、全然違うじゃん」
瞬の姿がラウンジのドアの向こうに消えると、それまで沈黙を守っていた紫龍と星矢が 初めて口を開く。
ほぼ同じものである氷河の夢と瞬の夢を、ほぼ違うものに仕立て上げてしまった沙織に、彼等は大いに呆れていた。
非難の響きを帯びていないでもない紫龍と星矢の言葉に、沙織がけろりとした顔を向ける。
そして、彼女は、
「あら、だって夢分析なんて、真面目にするものじゃないでしょ」
と、にこやかに言ってのけた。

無責任を極めている沙織のために、紫龍は頭痛をこらえるポーズを作ることになったのである。
「で、真面目な話・・・・・、沙織さんは、二人の夢をどう考えているんです」
もちろん紫龍は至極 真面目に問うたのである。
が、沙織は 至極 不真面目に けらけら笑うばかりだった。
「そりゃあ、夢というのは、意識下でも無意識下でも、気になっている人の夢を見るものでしょう。氷河が瞬に、瞬が氷河に殺される夢なんて、二人とも、好きだと告白できない臆病な自分を殺したいと思っているんじゃないの? でなければ」
「でなければ?」
「道ならぬ恋に心を奪われている自分を殺したいと思っているか」
「――」

『好きだと告白できない自分を殺したい』と『恋に夢中な自分を殺したい』では、今度こそ本当に真逆といっていい解釈である。
どこまでも無責任を貫こうとする沙織に、星矢は、それでなくても微妙に歪んでいた顔を更に盛大に歪めることになった。
「また真逆かよ!」
「だから、夢なんて、どうとでも解釈できるものだと言っているの。どちらにしても大した意味なんかないわよ、夢なんて。星矢、最近、夢を見た?」
「俺? 俺なら、夕べ、滅茶苦茶悲劇的な夢を見たぜ。なんか、世界の果てまで 届くんじゃないかってくらい長いテーブルがあって、そこに和洋中の食い物が ずらっと並べられてるんだよ。俺、狂喜して、そのご馳走を食い始めたんだけど、そのうち 腹がいっぱいになって食い進めていけなくなってさ。食いたいのに食えないサーモンの手巻き寿司を握りしめて、俺、悔し泣きしちまった」
「随分 壮大な夢だけど、ま、その程度のものよ、夢なんて」
素晴らしくスケールの大きい、だが 見事なまでに生活に密着した雅趣の乏しい星矢の夢に、沙織が呆れたように肩をすくめる。
星矢は、沙織のコメントに むっとした顔になった。

「その程度って何だよ、その程度って! 食い物を食えるかどうかってことは、命に直結する大問題だぞ。俺が夢の中で どれだけ悔しい思いをしたか、沙織さんには わかんないのかよ! 俺、今朝、パンを一斤とベーコン30枚、目玉焼きを6個分食い終わって、やっと夢の悔しさを紛らわせられたんだからな!」
「まあ、その程度だな」
今朝の星矢の異常な食欲の訳を知らされた紫龍が、そう言って 嫌そうに眉根を寄せる。
「だから、その程度って何だよ、その程度って! 」
星矢は、沙織に用いたものと同じ言葉で、仲間に食ってかかった。
「だから、氷河と瞬の夢も、命に直結した大問題なのに違いないと言っているんだ」
星矢の異常食欲話に引きつらせていた顔を、氷河と瞬の恋の行方を憂える仲間のそれに変えて、紫龍が星矢の糾弾を言い抜ける。
その場を巧みに言い繕ってから、紫龍は――実は、星矢も沙織も――確かにそれは氷河と瞬にとっては、命とまではいかなくても自らの人生に関わる大問題なのかもしれないと思ったのだった。






【next】