5年振りに彼女を間近で見て、俺はひどく驚いた。 彼女は、こんなに小さかっただろうか。こんなに細くて華奢だったろうかと。 綺麗なのは相変わらずだが――対峙する者の魂を吸い込んでしまいそうな瞳の深さも輝きも、記憶にある通りだが――それにしても、彼女は こんなに小さかったか? 5年前、彼女が完全な大人でなかったことは確かだ。 彼女は大人になりきっていない10代の少女で――だが、13歳の俺には『お姉さん』と呼ぶに ふさわしいくらいには大人だった――大人に見えていた。 以前会った時は、背丈だって俺と同じくらいはあった。 なのに、なんで こんなに小さいんだ。 自分の身長が13の時から20センチ以上伸びたことを 俺が思い出したのは、ひとしきり彼女の小ささに驚いてから。 そもそも それは驚くようなことじゃなかったんだ。 彼女が小さくなったんじゃない。 彼女は、以前のまま何も変わっていない。 俺がでかくなっただけだ。 そんな当たりまえのことに、俺はなぜ驚いているんだ。 そんなことより。 名前、名前、名前。そして、連絡先。 それから、どうして俺を知っているのか。 なぜ俺に会いに来てくれるのか。 どうして もっとしばしば会いに来てくれないのか。 何としても それだけは聞き出すんだぞと自分に言い聞かせ、俺は、俺の顔よりずっと下にある彼女の顔を覗き込んだ。 そして、また驚いた。 初めて会った時からずっと――ほんの数分前まで、俺は彼女を“綺麗なお姉さん”だと思っていたのに、これはむしろ“可愛い女の子”だ。 俺より小さくなったせいもあるかもしれないが、彼女は華奢で可愛い女の子にしか見えない。 俺はでかくなりすぎたんだろうか。 13の時の俺しか知らない彼女は、俺を俺だと気付いてくれるだろうか。 俺は急に不安になった。 俺が、いつか もう一度“綺麗なお姉さん”に出会えると思っていたように、彼女は生意気盛りの子供に会いにきたつもりだったのかもしれない。 彼女は、こんなでかい男になってしまった俺を俺と認められず、恐がって逃げてしまうんじゃないだろうか――。 俺は彼女の反応が心配になって、その心配のせいで、彼女に会ったら言おうと思っていた言葉を すっかり忘れてしまった。 不快や嫌悪や恐怖――そんなふうな負の感情を、彼女が その顔に浮かべはしないかと、それを案じ、俺は彼女の顔を無言で見詰め続けた。 幸い、俺の心配は完全に杞憂だったが。 俺の成長に驚いた様子もなく、俺の記憶の中にある通りの優しい声で、以前そうしたように、彼女は『こんにちは』を省略し、 「氷河」 と、俺の名を呼んでくれた。 マーマしか使わない、俺の日本語の名。 俺の父の国の言葉だ。 彼女は、もしかしたら、日本人なんだろうか。 もしかしたら 俺が生まれてすぐに亡くなったという父の血縁とか――そういう可能性はあるだろうか。 自分で思いついた その可能性を、俺はすぐに打ち消した。 彼女が そんなありきたりな存在であるはずがない。 そうではないことを、俺は、こうして彼女と再会することによって確信した。 この5年で、俺は彼女の背を追い越してしまった。 それは、ごく自然なことだ。 この5年間は、そっくり俺の成長期に当たっていたんだから。 だが――こんなことがあるだろうか。 どう見ても、彼女は俺より年下だった。 俺が最初に彼女に会った9年前、最後に会った5年前、彼女は確かに俺より年上だったのに。 そんなことがあり得るだろうか。 そんな不思議なことが。 彼女の時は止まっている――。 そして、もう一つの不思議――というか奇妙。 もしかしたら彼女は――“彼女”ではなく“彼”なのではないか。 これまで考えたこともなかったが、この人は“綺麗なお姉さん”でも“可愛い女の子”でもなく、尋常でなく綺麗な男の子なのではないか。 そんな考えが、俺の中に生まれてきたんだ。 以前よりずっと華奢で小さいと感じるのに、18になった今の俺の目で見ると、何というか――彼女は、普通の女の子が持っている あの独特の雰囲気を持っていなかった。 どう言えばいいんだろう。 か弱さからくる媚びというか、 これだけ綺麗なら、彼女自身にはその気はなくても 対峙する人間に感じさせるだろうコケットリーがないんだ。 彼女にあるのは ただ、清潔感と どんな汚れも知らないような清らかさだけで――。 いや、もう、そんなことはどうでもいい。 この5年の間、会いたいと願わなかった日は一日もなかった この人に、俺はついに会えたんだから。 もともと この人は“不思議な人”――歳も人種も性別も不明の不思議な人だった。 何よりもまず、名前。 そして、連絡先。 それから、どうして俺を知っているのか。 なぜ俺に会いに来てくれるのか。 どうして もっとしばしば会いに来てくれないのか。 何としても それだけは聞き出すんだと、俺は再度 自分に言い聞かせた。 だが、その前に――この人はきっと尋ねてくる。 俺に、『氷河は今、幸せ?』と。 多分、それを確認することが、この人の“仕事”なんだ。 その時間が終わったら、自由時間だ。 俺が彼女(彼?)から目を逸らせずに見詰めているように、彼女も俺を見詰めていた。 綺麗な目で、切なげに。 その唇が 僅かに震える。 そして、俺の予想通り、彼女は俺に尋ねてきた。 「氷河は今 幸せ?」 と。 俺は、訊かれたことに答えなかった。 逆に、 「君は?」 と、彼女に問う。 訊きたいこと、確かめたいことを抱えているのは俺の方なんだ。 俺が尋ねたことに、彼女も答えを返してこなかった。 答えずに、 「氷河は幸せ?」 と、重ねて俺に問うてくる。 彼女は どうあっても その答えを手に入れたいらしい。 仕方がないので、俺は彼女に頷いた。 彼女に、意地っ張りだとか、ひねくれた男だとか 思われることは避けたかったから。 「俺は――母一人子一人で つましい生活をしているが、だが、そうだろうな。幸せなんだろう」 「よかった」 その答えを手に入れることが、彼女を幸せにすることだったのかもしれない。 俺の返事を聞くと、彼女は 嬉しそうに目を細め、幸せそうに(だが、どこか寂しげに)微笑んだ。 そして、 「じゃあね」 と言って、踵を返しかける。 しかし、俺にとっては、ここからが本題。ここからが重要。 もちろん、俺は、どこかに消えようとする彼女に そうすることを許さなかった。 しっかりと、その細い手首を掴まえ、もう一度 俺の方に向き直らせる。 「俺が君に会うのは、これが三度目だ」 「三度目? そうだったかな」 「君のことを知りたい。教えてくれ」 「……さようなら」 もう自分の用は済んだのだと、『さようなら』の一言で、彼女が俺に知らせてくる。 だが、俺の用は まだ済んでいなかった。 「離さない。次に会った時には絶対に離さないと決めていたんだ」 彼女が何者なのか――俺にとって どういう存在なのか。 それを確かめるために、俺は、5年――いや、最初の出会いを起点にすれば9年、今日のこの日を待ち続けていたんだ。 |