「お優しい王子様の清らかで汚れのない様子を見ていると、私は自分の汚れがつらくて苦しいのです……」
図々しく もう10日以上もエティオピアの王宮に居座っているエリスのところに立ち寄った瞬王子の前で、エリスはそう言い、さめざめと泣いてみせました。
傲慢の美徳(?)を持ち合わせていない瞬王子は、エリスが目論んだ通り、
「僕は、おばあさんを苦しめるほど特別な人間ではありませんよ。普通です」
と、ごく控えめに答えてきました。
瞬王子の その答えを待っていましたとばかりに、エリスが身を乗り出します。
「どこがっ !? どんなところがっ !? 」
「え」
「特別な人間じゃないってことは、人が言うほど おまえは清らかじゃないってことよね? おまえにも汚れがあるのっ !? どこが !? どんなふうな !? 」
「あ……あの……」

鬼の形相のエリスに問い質されて、瞬王子は その迫力に たじたじです。
それはそうでしょう。
大抵の人間がそうであるように、瞬王子は自分を普通の人間だと思っていました。
そして、瞬王子は、普通の人間は 問われてすぐに答えられるような罪や汚れなど持っていないものだと思っていたのです。
けれど、エリスおばあさんは、瞬王子に汚れがあることを確かめることができなければ このまま死んでしまうのではないかと思えるくらい興奮気味。
「あ……え……と、あの……そもそも、清らかってどういうことですか? 汚れというのは、どんなことをいうの?」
瞬王子は何て馬鹿なことを訊くのだろうと、笑ったりしてはいけませんよ。
本当に清らかな人間は、自分を清らかだなんて思っていないものなのです。

そして、実はエリスも、“清らか”というのがどういうことなのか、正確なところはよくわかっていませんでした。
“清らか”でなく、“汚れ”なら、何となくわかっていなくもなかったのですけれど。
「それは、その……汚れというのは――そうね。欲があって、その欲を満たすために他人を不幸にすることも厭わない、自分がよければ他人がどうなっても構わないっていう気持ちかしら」
「自分の欲を満たすために他人を不幸にすることも厭わない、自分がよければ他人がどうなっても構わないという気持ち――が 汚れですか……?」
エリスにそう説明されて、瞬王子は一生懸命考えました。
とにかく、何か一つ自分の汚れをエリスおばあさんに知らせてあげなければ、エリスおばあさんの つらくて苦しい気持ちは消えることがないのでしょう。
気の毒なエリスおばあさんのために――瞬王子は それはそれは一生懸命考えたのです。

考えに考えて、やっと思いついた瞬王子の汚れ。
それは、
「あの……僕には好きな人がいるんです。でも 多分、僕たちの恋は誰からも喜ばれない恋なんです。僕たちの恋が公になったら、きっと大きな騒ぎが起きる。それが恐くて黙っているのは、自分の身の保全しか考えていない汚れたことでしょうか?」
というものでした。

平生の、平常心のエリスであれば、そんなのは汚れでも何でもないと思っていたことでしょう。
いつものエリスだったなら、『もっと派手で、楽しい汚れはないのっ !? 』と、瞬王子に文句を言っていたに違いありません。
実際、それは、大きな騒ぎを起こして周囲の人たちに迷惑をかけるようなことはするまいという、瞬王子の思い遣りと解することもできる汚れでしたからね。
けれど。
「大きな騒ぎ?」
瞬王子の その言葉が、エリスの胸を高鳴らせたのです。
『大きな騒ぎ』
それは、エリスの大好きな言葉でした。

「あんまり自信はないんですけど……。もしかしたら、そういうこともあるかなぁ……って思うだけで……」
瞬王子はその言葉通り、本当に自信がなさそうでしたが、その時にはもう、エリスは瞬王子の言うことなど聞いていませんでした。
ついに 突きとめることのできた瞬王子の汚れに、エリスは欣喜雀躍、狂喜乱舞。
(ばらしてしまえばいいんだわ! 氷河王子と瞬王子の恋を白日の下に さらしてしまえば、それで世界中で大騒ぎが起こるんだわ!)
今、エリスの心と頭は、腰が曲がっている振りをするのを忘れるくらい、素敵な大騒ぎ計画でいっぱいでした。






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