あれから、どれほどの時が流れただろう。
50億年――それとも、70億年ほどだろうか。
地球に恵みを与えていた太陽は、主系列星段階を終えて死にかけている。
命ある星でなくなった太陽は、生きている星の法則から解放され膨張を続けている。
死せる太陽は まもなく、あの美しい魂たちが守り続けた世界を飲み込んでしまうだろう。
もう とうに、人間も人間以外のすべての動植物も消えてしまった地球――人間たちの世界。
太陽に飲み込まれた地球は、そうして、僅かに残っていた海洋や大気をも失い、やがて燃え尽きて白色矮星になった太陽の中に消えていくのだ――。

人間たちが滅んだ時、ほとんど すべての神々も消えてしまった。
絶大な力を誇った大神も、愛の女神も、音楽の神も、豊穣の女神も、大洋の支配者ポセイドンも、冥府の王ハーデスも、そして、栄光に輝いていた知恵と戦いの女神アテナも。
神々は、誰もが人間たちと共に在ったのだ。
人間という存在が失われれば、神もまた存在することはできない。
時間の神クロノスは、どうなったのだろう。
混沌の神カオスは、それでも永遠に存在し続けることができるのだろうか。

私にも、消滅の時が近付いている。
長い時の流れの中で、私は色々なものを見てきた。
醜いものは多かったけれど、美しいものも たくさん見た。
心残りはない。

私は運命の女神。
私は、たくさんの運命と選択肢を人間たちに贈ってやることができたのに、自分で自分の運命を選ぶことはできなかった。
あの美しかったアテナの聖闘士たちのように、自分が選んだ運命に苦しみ、嘆き、喜ぶことはできなかった。

私の消滅の時は すぐそこまできている。
私には、心残りはない。
けれど、ただ一つ――ただ一つだけ、ささやかな願いがある。
もし、どこか こことは違う世界で再び 何かに生まれ変わることができるのなら、私は人間に生まれ変わりたい。
自分が選んだ運命に苦しみ、嘆き、喜ぶことができる、あの 美しい人間たちの一人に。






Fin.






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