いったい いつから瞬はそこにいたのか――。
そんなことを考えても意味がないことには、氷河もすぐに気付いた。
最も聞かれたくないことを瞬に聞かれてしまったことは、状況から見て まず間違いがなさそうだったから。
瞬は、その件には何も触れず、冥界の王ハーデスの従神たちの上に その視線を巡らせた。
そうしてから、瞬にしては優しい響きのない声で彼等に命じる。

「僕が 清らかな人間だなんて、何かの間違いです。お引き取りください。僕は清らかな人間などではない。人を傷付け、倒し――たくさんの罪を犯した人間です。それは あなた方も ご存じでしょう」
声は全く激しておらず 穏やかでさえあるのに――『そんな戦い方をしてはいけない』と氷河を制した瞬自身の小宇宙が、どう考えても怒りの感情としか言いようのないもので激しく燃えている。
それは、瞬になら許される戦い方なのだろうか。
瞬は確かに激しく憤っているのに、瞬の瞳は涙で潤んでいた。

「氷河を詰まらない人間だなんて言わないで。僕だって、人間が皆、罪を犯したことのない清廉潔白な存在だとは思っていない。アテナの聖闘士は皆、そんな人間たちの罪を我が身に引き受けて、人間を粛清しようとする神々と戦っているんです。氷河を詰まらない人間だなんて言わせない」
「詰まらぬ人間共の詰まらぬ罪を引き受けて、やがては詰まらぬ死を迎える虫けらだ、アテナの聖闘士たちは。詰まらぬものを詰まらんと言って、何が悪い」
「あなた方に 人間を愛せとまでは 僕も求めませんが、そんな詰まらないものを無視することができないあなた方も、詰まらない人間と大差ないレベルの存在なのだと思います」
「なにっ」

それが人間でも神でも 小さな昆虫でも、そして、単に言葉の上だけのことであっても、瞬が 命あるものを『詰まらない』と表することは、未だかつてなかったことである。
大切な・・・仲間・・を侮辱されて、瞬が『そんな戦い方をしてはいけない』と白鳥座の聖闘士を制した気持ちが、今 氷河にもわかった。
氷河も、瞬に そんな戦い方をしてほしくはなかった。
瞬が庇い、その名誉を守ろうとしている瞬の仲間は、瞬にそうしてもらうだけの価値のない詰まらない男なのだ。
氷河は、さきほどの瞬と同じ言葉で、激しさを増すばかりの瞬の小宇宙を静めようとしたのである。
氷河が言おうとした言葉は、おそらく この地上世界で最も強大かつ慈愛に満ちた小宇宙によって遮られてしまったが。






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