万事休す。 星矢は そう思った。 そう思ってからすぐに、いかにも希望の闘士らしく、『いや、まだ完全に手遅れではないはずだ』と考え直す。 こんな勘違いと早とちりと思い込みで暴走するような男と くっついてしまったら、瞬はこれから一生 苦労をし続けるに決まっている。 瞬をそんな苦労まみれの人生から救い出してやるのは、瞬の友の務めなのだ。 「瞬、落ち着け。落ち着いて考え直せ!」 「あら、結局 そういうことになったの」 間違った決意を 瞬に翻させるべく口を開いた星矢の声を遮るように その場に響いてきたのは、この聖域の統治者にして最高責任者、畏れ多くも 知恵と戦いの女神アテナその人だった。 星矢が一瞬 ひるんだ隙を衝くように、一度 目標と目的物を定めたら その目標と目的物に向かって一直線の男が、彼の恋人の身体を ひしと抱きしめる。 もはや 聖闘士の力をもってしても、今の氷河から瞬を引き剥がすことは不可能。 認めたくはなかったし、わかりたくもなかったが、それは一目瞭然、火を見るより明らか。 星矢の怒りは、瞬を不幸な運命から救い出す最後のチャンスを 天馬座の聖闘士から奪ったアテナに向けられることになった。 「こ……これって、どういうことだよ! ハーデスは、氷河の傲慢に腹を立てて、氷河に お仕置きをしようとしたんだろ。なのに、氷河の奴、ちっとも痛い目を見ていないじゃないか! 悪党が懲らしめられてない! おかしいだろ、こんなの!」 「おい、星矢……」 苦労することが目に見えている不幸な運命に瞬を引きずり込まれて憤る星矢の気持ちは わからないでもないが、人類の粛清を目論む神に正義の執行を期待するような星矢の発言に、紫龍は顔をしかめることになったのである。 神話の時代から ハーデスとの聖戦を繰り返してきたアテナの前で、さすがに その発言はまずいだろう――と。 しかし、さすがはアテナというべきか。 星矢の怒声に、アテナは少しも動じた様子を見せなかった。 星矢の非難によって、むしろ彼女の機嫌は更に上向いたようだった。 「あら。氷河を懲らしめる必要はないでしょう。これは むしろ大変な お手柄よ。瞬は氷河に奪われ、聖戦は中止。人類粛清も成らず、損をしたのはハーデスだけ。地上の平和を守ることを第一義としている私としては、この結末には大いに満足しているけど」 「そ……そりゃ そーかもしれないけど、ハーデスが怒って攻めてきたら、大変なことに――」 「ハーデスはもう寝てるでしょ。寝不足は美容の大敵だもの。ハーデスは自分の美貌の維持が何より大事な神なのよ。私もハーデスも氷河も、三方 丸く収まって、めでたしめでたし。これ以上のハッピーエンドは望めないわね」 けらけら笑ってアテナは そう言うが、では その3人に振り回されることになった善良なアテナの聖闘士たちの立場はどうなるのか――瞬の将来を案じる瞬の幼馴染みの立場はどうなるのか――。 半ば脅すようにして 自分の恋を成就させた男を 上機嫌で眺めているアテナに、その答えを期待しても、求める答えは得られそうになかった。 神ほど信用ならないものはない。 神ほど無責任で、いい加減な存在はない。 『金輪際 神など信じるものかと、俺は あの時 神に誓ったんだ』 これは、後の天馬座の聖闘士の言である。 Fin.
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