「聞いたか、氷河」
『きっと、氷河も いつかは おまえの気持ちに気付いてくれる』
仲間の励ましの言葉を胸に 瞬がラウンジから出ていくと、紫龍はカーテンの陰に立たせていた氷河に声をかけた。
十分な配慮と万全の準備を整えて、紫龍と星矢は“瞬のお悩み相談室”を開催したのである。
つまり、瞬を悩ませている男に『気配を消して、そこに隠れて、瞬の話を聞いていろ』と指示を出してから。
『狭き門』のジェロームよろしく、恋した人の清らかさに苦悩していた男が、今は 吹っ切れた目をして、紫龍たちの前に姿を現わした。

「おまえと どうこうなったくらいで清らかでなくなるほど、瞬の清らかさは脆弱なものじゃない。瞬の清らかさは、恋の障害にはならない。むしろ、あれほど おまえの幸福を願ってくれている瞬を 自分のものにしなかったら、おまえは地上で最も愚かな男になるぞ」
「ああ、まったく」
言葉少なに、氷河が仲間たちに頷く。
彼が余計なことは言わないので かえって、紫龍と星矢は、瞬の清らかさが どんなものなのかを氷河が正しく理解したことを確信できたのである。
そして、手間暇をかけて“瞬のお悩み相談室”のセッティングをした甲斐があったと思った。

「瞬が自分一人だけで狭き門をくぐることを望む人間のはずがない。そんなことはわかりきったことだろう。瞬は、自分一人だけ清らかでい続けて、自分一人だけ幸せになりたいと願うような奴じゃないからな。瞬の清らかさは、すべての人を信じ、すべての人の幸福を望む清らかさだ」
「ああ。そうだな」
瞬がそういう人間だということを、氷河は忘れていたわけではなかっただろう。
忘れていたわけではなく――むしろ、そういう考え方をする瞬に、自分と瞬の幸福だけを特に強く望む恋という感情は ふさわしくないのではないかと懸念し、少し臆病になっていただけで。
瞬が幸福になってほしいと望む “みんな”の中に、当然のごとくに白鳥座の聖闘士も含まれているということを、氷河は考えていなかったのだ。
自分が幸福になることで、瞬をも幸福にできる“みんな”。
自分も その中の一人だということに。

「瞬が幸福であってほしいと望む人間の筆頭が おまえなんだ。その幸運に自ら背を向けるのは 愚かの極みだぞ」
「さっさと瞬を追っかけて、一緒に 可愛い お花でも見に行こうとか何とか、誘ってやれよ」
紫龍と星矢が、瞬に恋する男をけしかける。
仲間たちに視線だけで礼を言い、氷河はすぐに瞬を追いかけていった。
氷河のために・・・・・・、手間暇をかけてセッティングした“瞬の・・お悩み相談室”は無事終了。
1秒でも早く瞬の憂いを消し去り 瞬を幸福にするという自分の務めを果たすために駆け出した仲間を見送り、それから もう一人の仲間の方を振り返った紫龍の顔には、“みんな”が幸福になることによって幸福になることのできるアンドロメダ座の聖闘士の幸福に、自身が寄与できたことへの満足の色が浮かんでいた。


「『狭き門』のジェロームとアリサは、なぜ幸福になれなかったと思う?」
紫龍に、突然 そんなことを尋ねられ、星矢は瞬時 答えに窮することになった。
しばし考え込んでから、
「そりゃ、けちくさくて了見の狭い神サマを信じまったからだろ」
と、答える。
紫龍は、だが、星矢のその答えに 首を横に振った。
「違う。ジェロームとアリサには、俺たちのようにお節介な仲間がいなかったんだ」
「へ」

紫龍に真顔で そう言われ、星矢は一瞬 きょとんとした顔になったのである。
それから、すぐに盛大に吹き出して、星矢は 楽しくてたまらないと言わんばかりに、その顔に満面の笑みを浮かべた。
「ほんと、俺たちって よくできた仲間だよなー。あの二人が自分でどうにかしなきゃなんねーことに、こんなお節介 やいてってさ」
「だが、これで、しょんぼりしている瞬も、らしくもなく うじうじしている氷河も見ずに済むようになる」
「そして、そんな氷河と瞬を見てなきゃならない いらいらから解放されて、俺たちも幸せになれるってわけだ」

人の幸せは、確かに人を幸せにする。
幸せな人は、幸せな人を作るのだ。






Fin.






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