どこから どうやってマンションに帰ったのか、俺の記憶は曖昧だった。
その日 帰宅して、俺は いつもの習慣でエアコンのスイッチを入れるより先に パソコンを立ち上げ――そして、その中に奇妙な文書データがあることに気付いたんだ。
俺にしては珍しく、データにパスワードを設定してある。
パスワードは憶えていた。
『 Andromeda 』だ。

回想録のような、日記のような、その文章を読んで、俺はびっくりした。
そこに書かれていたのは、子供の頃の家出のこと、雪山で遭難しかけたところを宇宙人に助けられたこと、その記憶をたしかめるために旧友に会ったこと、取材に出掛けた先で得た情報――。
俺は、フィクション・ルポライターという矛盾した自分の仕事をやめ、小説家にでも なろうとしていたのか?
文章の癖からして、それが俺の書いたものだってことは間違いないが、内容は完全に創作だ。
その創作物は、主人公の“俺”が、長い間 忘れることができずにいた宇宙人に 自分が恋をしていたことに気付き、その人のいる屋敷を再訪しようと決意したところで終わっていた。

これを俺が書いたのか?
確かに このところずっと何かを書いていた記憶はあるぞ。
だが、それは夢の中で。
いや、夢じゃなかったのか……?

だとしたら。
だとしたら、俺はこの物語の結末をどうするつもりだったんだろう。
恋した人が宇宙人で――俺は彼女の故郷の星に連れ去られるとか?
正体を知られた彼女に、人知れず抹殺されるとか?
それとも、めでたく結ばれるパターンだろうか。
肝心の結末をどうするつもりでいたのか、俺は憶えていないぞ。
もしかして、俺はまだ結末を考えていなかったのか?

どこかに構想メモのようなものはないだろうかと考えて、俺はパソコンの中を探してみたんだ。
そうしたら、保存した覚えのない動画データがあった。
入手経路や 保存した事実は憶えていないが、その画像データに映っているのがグラード財団総帥城戸沙織だということは、俺にも わかった。
そういえば、俺の書いた小説(?)の中に、城戸沙織の名があったな。
ということは、俺は あの小説を、宇宙人と噂されている この人の存在をヒントにして書き始めたんだろうか?
宇宙人と疑われている人を宇宙人だと主張したって 詰まらん読み物にしかならないから、フィクションに仕立て上げようとしたのか?
とにかく、実名はまずいな。
名前は変えた方がいい。
城戸沙織を、水戸香織とか、能登詩織とか。

そんなことを考えながら動画データを見ていた俺は、まもなく、城戸沙織の後ろに、見事なまでに無駄と隙のない動きをする二人のボディガードがついていることに気付いた。
その一方の人を、俺はとても綺麗な人だと思った。
映っているのは、1分に満たない時間。
二人のボディガードを、普通に見ていたら、どうしたって派手な金髪男の方に目がいくはずなんだが、俺はなぜか もう一人の小柄で華奢な人の方にばかり目がいって、目を離せなくて――。

俺は ひどく もどかしい気分になった。
もっと近くで、この人の姿を――この人の目を見たい。
なぜか 懐かしい気持ちが迫ってくる――胸が締めつけられる。
この感覚は、いったい何だろう。
とても大切なものを失ってしまったような、とても大切なことを忘れてしまったような、思い出したいものを どうしても思い出せない もどかしさ。
記憶のかけらは残っているのに、それらを掻き集めて まとめてみても、俺は 一つのはっきりした像を結ぶことができないんだ。
このもどかしさは、俺がこの小説を書き上げたら解消するんだろうか。
だとしたら、この物語の結末はどうするのがいいんだろう。

愛に国境も種族の違いも関係なしで、二人は宇宙船で共に宇宙に旅立つ。
あるいは、種族の違いは いかんともし難く、周囲の理解を得ることができなかった二人は、手に手をとって大宇宙を股にかけた逃避行を始める。
そんな感じか。
生まれた星が違うから結ばれないなんて、今どきナンセンスだ。
何にしてもハッピーエンドがいいな。
『そして二人は いつまでも幸せに暮らしました』がいい。




――結末が記されていない『 Andromeda 』のパスワードつき文書は、あれからずっと 俺のパソコンのディスクに保存されたまま。
俺は、今も懸命に 二人の恋の結末を考えている。






Fin.






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