「画架座の聖闘士だとーっ !? 」
冷たく燃え上がる氷のような氷河の攻撃(未遂)にショックを受けて倒れた画家は、彼の部屋のベッドに運ばれた。
画家のいなくなった部屋で、氷河と瞬は アテナから、画家がアテナの聖闘士の敵ではないことを――画家がアテナの聖闘士であることを知らされることになったのである。
彼は画架座の聖闘士なのだと、アテナは氷河たちに告げた。

「ええ。そうなんじゃないかと思っていたの。で、おそらく、彼の最大の技は、対峙する相手から小宇宙を奪う技なのよ。その力を、これまでは無自覚に使っていたのね。それで瞬はウィレムのモデルを務めるたびに、彼に力を奪われ倒れていた」
「対峙する相手から小宇宙を奪う技って、それは 海闘士のソレントの横笛みたいなものですか」
「ああ、似ているわね。ええ、その通りよ」
瞬に あっさり頷いて、アテナは すぐに補足説明を付け加えてきた。
「でも、これまでに彼の絵のモデルになった人間が亡くなったのは、ただの偶然よ。一般人は、そもそも彼に吸い取られるような小宇宙を生むことはできないわけだから。英国の伯爵は スキーに行った先での衝突事故。二人目のモデルは交通事故。三人目は階段で足をすべらせた転落事故。どれも正真正銘、ただの事故。肖像画に魂を吸い取られるなんて、そんなことあるわけないでしょう」
「……」

聖域は、常に人材不足。
新たな人材の確保が成ったというので、アテナは上機嫌だった。
そんなアテナとは対照的に、瞬は疲れ切っていたが。
「沙織さん……。最初に そう言ってくださっていれば、僕だって、それ相応の心構えをして、適切な対応ができたのに」
「言わないでおいて、あなた方が そうだと感じてくれたら大当たりでしょう。彼の力は、小宇宙を燃やすことのできる聖闘士でないと確かめられないものだったし、これは つまり、アテナの聖闘士による聖闘士採用面接試験のようなものだったのよ」
「だとしても――だとしたら なおさら、普通は 面接官には面接の目的を知らせておくものだろう!」
オーロラサンダーアタックの『ク』を叫び損ねたせいで不完全燃焼状態の氷河が、あまりといえばあまりな事の真相への不満をアテナにぶつける。
激昂する氷河を わざとらしく無視して、アテナは、あのどさくさの中で ついに完成に至った瞬の肖像画の方に、その視線を巡らせた。

「絵は完成したようね。見事なものだこと。モナリザとは別の意味で、謎の微笑み、謎の眼差しね。綺麗に澄んでいるのに、どこまでも深い」
沙織が話を脇に逸らして、白鳥座の聖闘士の怒りを やり過ごそうとしているのは明白だったのだが、沙織の言葉が事実を語っていたので、氷河は彼女に文句も言えなかった。
あの混乱の中で 画家が完成させた瞬の肖像画には、すべてが描かれていた。
恋も、友情も、人類愛も、我儘な子供を許す母の愛も――すべての愛情をたたえた瞬の瞳。
ただ一人の人を愛することだけはできない瞬の瞳――が。
瞬は どこから どう見ても美しいと思っていたのに、画家が選んだ構図――斜め左から見た瞬の姿は 格別に美しく、それが氷河の癪に障っていた。






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